2015年1月22日木曜日

最近の納品

 最近またニヒル牛2に追加納品しました。

濃紺オーガニック長袖TシャツMサイズにウサギのイラスト。別の作家さんの作品、白いふわふわスカートと合わせたらとても素敵でした。

キャンバス・トートに鳩のイラスト、あと、白いブロードシャツにも鳩のイラスト。

の下記2点は早くもSOLD OUTです。ありがとうございます。




2015年1月7日水曜日

静かな午後





友達がやっているアート雑貨店ニヒル牛に、最近10年振りくらいに作品を納品して、その一部がちょっと壊れていたので、今日の午後、直しに伺った。

小雨のちらつく薄暗い午後にニヒル牛のドアを開けると、そこには今日の店番でありニヒル牛の作家さんでもあるナナコさんがいらした。

店主で友人のあるくんが店番の時にしか最近行かなかったので、私にとってのニヒル牛は、あるくんの醸し出す徹底的に陽気な、とは言えそれはラテン系的陽気さとも違うのだが、なんというか、農耕的な、ふところの深い陽気さ?みたいなわけのわからない物に一瞬で包まれる空間だったのだが、今日のニヒル牛は、まるで違っていた。

柔らかい、草原に潜む小さな妖精が唄っているような、ひそやかな女性ヴォーカルの歌声が流れ、店番のナナコさんが、多分納品に来ていたのであろう若い女性作家さんと(後にそれが私の大好きなビーズ作家ココマコムーンだったと知るのだが)優しくお互いの作品を讃え合う様な、きれいで可愛らしい会話をしていた。

窓から差し込む白い光、細やかに展示されたアート雑貨の数々。
カフェになっている店の角のテーブルにつき、縫い物の道具を広げた頃には、私は完全にその空間の中にくつろいでしまっていた。

音楽は何故かアイルランドかスコットランドあたりの、曇った空を写す海の景色を思い起こさせる。
まるでお店自体が、海辺の寒村の小さな丘の上にでも建っているような錯覚を起こさせる。

私はしんとしていることが好きなので、普段自分の部屋で音楽はかけない。
私にとって音楽とは、聴きたいと思った時に、聴きたいと思った物を、猛烈に集中して聴く物であり、日常的に部屋にかけっぱなしにしておくようなものではないのだ。

だけど今日、このニヒル牛でかかっている音楽は、静けさを、静けさ以上に静かにしてくれている。

深く心に沈殿するような、頼り無さげな、それでいて芯の強い歌声。
その声に乗せて時折聞こえる、ナナコさんと店を訪れるお客さんや作家さんとの、穏やかなお喋り。
自分の心の内と、しん、と繋がっているから、そこで交わされる会話は、決して表面的な社交ではない。とりあえず相手を褒めておけば角が立たないっしょ、なんていう軽薄なものではないのだ。

静けさというものは、そんじょそこらの若い娘が醸し出せるもんじゃないんだよ、と私はかねてから思っている。
どんなに見せかけを静かに装おうと勤めても、心の中にざわつきがあれば、それが表に現れる。
街で感じる快適ではない喧噪の多くは実際の声なのではなく、実はこの、心のざわつきが醸し出すエネルギー騒音が大きいのだと私は感じる。

期せずして、ナナコさんが私に「おもしろいですよ」と言って持ってきてくれたのは、ビーズ作家ココマコムーンが、隣近所の騒音にたまりかねて田舎に引っ越すまでを綴った、壮大なる旅の読本だった。
ふむふむ、ココマコムーンさんも静けさが好きなんだね。
わかるよ、ココマコさん自体も、すごく物静かな優しい感じの人だもんね。
文章ははっきり言って過激だけどね。
わかるよ、平和な静けさをわかってくれない環境にいると、静けさの炎で全員焼き殺したくなるんだよね。ふ、ふむふむ。。。。。。

まあ、それはそれとして。


今日の私の午後は、海辺の寒村に佇む小さな、けれど気の効いたアート雑貨屋のカフェの片隅で縫い物に費やされるという、極上の時間だった。

縫い上がったら作品を展示棚に戻して、小さな扉を開けて帰ろう。
扉を開けると表には、曇り空色の水を湛える海。
カモメが一羽岩の上で、打ち上げられた小魚を食べているかもしれない。

妖精みたいに人の心の気配をそっと汲み上げる、ナナコ店番の心地よい気遣いと静けさとそして、ナナコ店番のハートから聞こえてくるような、不思議な歌声は名残惜しいけれど。


ところで、この記事を書いた後にその歌声の主、イギリスのアーティスト ヴァシュティ・バニアンについてちょっと調べたところ、彼女は鳴り物入りでイギリスの音楽シーンにデビューしたもののそのビジネスに嫌気がさし、パートナーと共に、ななんとスコットランドのスカイ島に移り住んで音楽の世界から消えてしまった、とあったではありませんか。

スカイ島というのは私の長年の友人であるマルコムの生まれ故郷で、いつも話を聞かされている、私にとってはある種 馴染み深い島なのである。
そして彼からスカイ島の話を聞く度に私が思い浮かべる景色こそが、まさに今日ニヒル牛の中で見ていた景色、そのものなのです。

だからこのブログの写真に、そのスカイ島の景色を、載せておきます。

2014年12月29日月曜日

鳩のキャンバス・トート


ウサギに飽きて来たので、鳩を描き始めました。

このキャンバス・トート、私はかなり気に入っています。

背面と前面の絵が微妙に噛み合ないのは、時の流れを現しているからです、と相変わらずうそぶく私。。。。。。。




来年1月4日、西荻窪のニヒル牛2での新春初売りバーゲンにて販売致します。

ちなみにウサギのトートはこちらです。



表



裏






2014年12月24日水曜日

エシレに並ぶ

エシレの袋とクリスマス・ツリーの記念撮影

スリリングな体験だった。

友達のあるくんがエシレのバターケーキ"ガトー・エシレ・ナチュール”を食べてみたいと言い出した時から、友人達との間でいつしかエシレ・ケーキの会をやろうという話が盛り上がり、それが本日、12月23日天皇誕生日の休日、クリスマス・イブの前日のホリデーとなったのだ。

わざわざそんな日を選ばねばならない程の、多忙なメンバーではない、と思う。

ただでさえ一日15台しか販売しないケーキ、開店直後に即座に売り切れると兼ねてから噂の入手困難なケーキを、なんでクリスマス・イブの前日の休日なんていう特別な日に食べようということになったのか、どうにも気がふれているとしか思えない決断なのだが、とにかくそうなったのだ。

購入役はわたくしである。

なんでかって言うと、エシレのあるブリック・スクエアは私のシマなのであり、今回集る誰よりも私には地の利があり、うちからもすぐに着くからだ。
私は別にエシレが無くても、ブリック・スクエアを含める丸の内界隈が好きでよく寄るので、ケーキの為に並ぶという生まれて初めての試みでさえ、なんとなく当日の様子が透けて見えるような気がするくらい、大変馴染みの場所なのである。

エシレが開店した当時は、確かにガトー・エシレは人気があったようだが、今はそんなでもないでしょ、と私は思っていた。
現に平日の午後とかに寄ってもまだ売ってる時もあるしね。

いくら12月23日の休日ではあっても、みんなクリスマスにはもっとクリスマスらしいケーキを選ぶんじゃない?年中売ってるガトー・エシレには、そんなに集らないんじゃない?と。

10時開店のこの店に、大体30分くらい前に着く様に計算して、それでもやや早めに家を出た。

するとホームに、何故か臨時列車が入って来た。
乗ろうと思っていた電車の15分程前に出るやつで、時刻表には載っていないまさに臨時の電車だった。

それに乗るとエシレに9時頃着いてしまい、1時間も立っていなければならないことになる。
天気がいいとは言え冬の寒いさなかに1時間も立ってなきゃならんのはイヤだし、他に誰もいなかったらと思うとなんとなく恥ずかしい。

だけど折角いいタイミングで入って来た電車である。
私はまずそれに乗って9時にエシレに行き、誰もいなかったら30分くらい近くのスタバでまったり休んで、それからまたエシレに行こうと思ったわけ。

9時ちょっと過ぎに東京駅到着。
ここまで来た時点で、脚が勝手にずんずんエシレへと向かう。
もしこのまま並ばねばならないとしたら、先にスタバで何か飲み物でもげとした方がいいんじゃないのかな、と思ったのに、脚が勝手にずんずんエシレに向かうので、歯向かわずにそれに任せた。

地下のエスカレーターを昇ると、いつもの素敵なブリック・スクエアの景色が広がる。
ここはロンドンの町中にある小さなオアシスみたいな公園で、大人っぽい庭デザインがいつも素敵だと思うのだ。
広場の真ん中には”不思議の国のアリス”をテーマにしたクリスマス・ツリー。

女性がひとり、そのツリーの写真を撮っていたので私も、と思ったのだが、何故か脚が止まらないので、歩きながらのこんな写真になってしまう。。ぶれてますがな。




そしていよいよ公園を横切ってエシレを目指すと、すぐにツリーの向こうにお店が。


この時点で私は、全てをあきらめました。。。。。。。。。。。


だって、既に店の前には黒山の人だかりが。。。。。。。。。。。。

甘かった。。

わ、私は人を、世間というものを、まるでわかっていないのでわ。
心理学をアメリカで、7年も学んだのにかよ!?


世間の人というものは、クリスマス・イブの前日のホリデイに、朝早くエシレに並んでガトー・エシレを買うものなんだよ!
あーーーーーーーーーーーーーー。。。。。。。。


店に着いてから、ざっと並んでいる人の数を数える。
既に20人はいるじゃない。
ガトー・エシレは一日15台限定。
既に負け犬決定である。

どうしよう、と思ったが、私はとりあえず並ぶ事にした。
その時点で9時15分。
ツリーの写真を撮っていた女性も現れ、私の数人後ろに並んだ。

まさかこの、ツリーの写真を立ち止まって撮ったかどうかで勝敗が分かれるとは、この時には思いもよりませんでした。
そして恐ろしいことに。

10分も経たないうちに、私の後ろには長蛇の列が.......................
ブリック・スクエアの敷地を超えて通りの向こうへと、建物に沿ってずうっと列は伸び、最後尾はもう見えないくらいに。もう大体40人か、もっといる。

こ、この人たちは。
何故並んでいるのか。。。

ガトー・エシレは15台しか無い、と色んなサイトで高らかに謳われているのだから、もう絶対に、どう転んでも買えないのは明らかなのになんで並んでいるんだよ、と思いつつ、同じ穴のムジナの私だって何故か並んでいるのだから人のことは言えない。

しかし私が並ぶのには理由があった。

私の前に並ぶ人数が15人を超えていたのは明らかなのだが、その内の数人は、友人同士やカップルで来ているグループなのだ。
そのグループが、もしもグループで一個、つまりひとりが一個ずつ買わなければ、もしかしたらギリギリで私にもチャンスがあるのかも。
そんな蜘蛛の糸のような確率に、私は賭けてみることにしたのである。

幸い私が並んでいる位置からはガラス張りの店内がよく見えて、オーブンからどんどん出て来る焼き菓子が陳列棚に並ぶ様子や、お店の人たちがてきぱき働く様子が見てて気持ち良くて、全く退屈しない。

北風の通うビルの谷間ではあったけれど、いつもは忌々しいと思うくらい分厚いコートを着ていたおかげで、寒さも全く感じない。

時間は思っていたより早く流れ、開店時間の10時はすぐに訪れた。


それにしてもアレですよ。

私はてっきり、ある程度の時間になったらお店から、ここまでの人しかガトー・エシレは買えないよ的お知らせがあると思っていたのだが、そういうことは全く無く、速やかにお店の扉は開いた。大体6人ずつくらいしかお店に入れてくれないので、それでもまだ待たねばならなかった。

友人同士で来ていた人たちが、ひとり一箱ずつガトー・エシレを買っているのを見て、さすがの私も覚悟を決めた。
代替品を考えた時、もうこの際だからいちまんえんのブッシュ・ド・ノエルでもいっか、とも考えた。
だって一時間も並んだんだぜ涙。

三回目に扉が開いた時に、私を含む一塊がやっとお店に入れた。

クロワッサンや焼き菓子のいい匂いの中で、お店の人がひとりひとりから注文をとってくれる。

この段階での緊張は、はっきり言ってピークだったね。
この時の気持ちは、どんな言葉でも言い表せないね。


並んでいる間は、とにかくこんなに大変なのはひとえに日付のせいだけで、平日のなんでもない時なら、こんなに大変なわけはなく、今日はダメでも後日仕切り直せばいいやん、なんて思って結構気楽だった。

しかしいざ、一時間並んだ後に、しかも後ろに並ぶ長蛇の列を見てしまった後に、いよいよ注文をとってもらえる、という瞬間が来た時、私の心は瞬時に、ここで買えないとわかったら、私結構凹むよ、と強く感じたのである。

結構どころか、立ち直れないくらい凹むかも。

なんだか、体がフルフルと震えるのを感じる。
こ、怖い。
逃げたい。
買えない、という現実に直面するくらいなら、全てを投げ出してこの場から立ち去った方がずうっとマシ。

そんな衝動に襲われながら、遂に私の番が訪れ、私は、私は遂に店員さんに、震える声で聞いてみた。


が 、ガトー・エシレは、まだありますか?

はい♩


なにをーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっっっ!!!!???

あ、あ、あ、あるのっっ!?

が、ガトー・エシレがまだ!?

ガトー・エツレとかいうバッタもんじゃなくっっっ!???


渡された番号札は17番。

あれ?

これ、番号的にはアウトなんですけど。

見ると、私のうしろ、20番目までの人にはガトー・エシレの番号札を配り、それからあの地獄のアナウンス、ガトー・エシレは売り切れですー!が聞こえてきたのだ。


これは。

恐らく。

なんらかの理由で、今日は20台売ってくれるのだろう。

よくわからないままレジに進んで番号札を見せると、ガトー・エシレ一台ですね、とにこやかに言われて会計が行われる。

やった。

よくわからないけれど、私は目的のケーキを手に入れたのだ。

嬉し過ぎて、感情が無い。


それにしても。

エシレ、並んでいる人たちに、ここまでしかガトー・エシレ買えませんインフォメーションも無ければ、今日は特別に20台売りますよ的連絡も無く。

淡々と静かに、ただその日の自分の作業を行う店員さんたちを前に、客は道しるべの無い森の中の迷い子のように、買えるかどうかわからないケーキのために並ぶだけ。


美しかったよ!


昨今、何かと過保護に先手を打つサービス業が多い中で、こうまでシンプルに、客が自分の身の振り方を自分で決めねばならない、このシステム。

皮肉じゃなくね、私は、すごく綺麗だと感じたんだよね。

ここまでシンプルに業務して、それで文句を言う人もいない。

こういう環境だと、野生の勘が培われるんだよ。

わたしたちはただ自分の責任で、並び続けるかどうかの覚悟を決めるだけ。

それでいいんだよ。

ケーキ屋さんの仕事は、美味しいケーキを丁寧に作るだけだ。
その美味しいケーキをありがたがって並ぶお客の采配までは、 しなくていい。

十分に美味しいケーキを、高いクオリティで作り続けてくれれば、それでいいんである。

しかもどういう決断なのか、特に高らかに宣伝もせずに、いつもより5台も多く出してくれるなんて、粋じゃないですか。


私は買えたからそう思えるだけかもしれないけれど、買えたからこそ、正常な感覚で現場の潔さを感じられたのかもしれないよ。

そんなわけで、無事に任務遂行。

友人らの待つ西荻へ、美しい青い袋を持って帰れる、この喜びよ。

エシレ、ありがとう!

それから、何故かタイム・スケジュールとは違う、15分早い電車を出してくれたJRの協力もね。
あれに乗らなかったら、はっきり言ってアウトでした。

私が買ったガトー・エシレ・ナチュール。ニヒル牛2カフェの赤いテーブルによく映えます。




2014年12月20日土曜日

鳥Tシャツ デビュー


うさぎTシャツに続き、鳥Tシャツも出来ました。

創作というものは、実に面白い物です。

Tシャツに直に絵を描きたいな、という気持ちは軽くずっとありました。

しかし今回描いたウサギと鳥のデザインは、Tシャツとは全く違うプロジェクトの為にデザインし、なんとなく先延ばしに、そしてもしかしたら没かもと思っていたキャラなのです。

そしてTシャツを描き始めた時は、まさかそのデザインがこうして具現化するとは、全く思っていなかったのです。
更にこうしてTシャツにしてみると、このデザインはとてもTシャツ向きだったなと感じます。(当社比)

この、実用品に直に絵を描きたいよプロジェクトは、この後エコバック的な物に植物なんかを描いて終了する予定ですが、なんとなく思いついたこの経験は、私にとってはとてもよかったなと感じます。

何故なら、自分がどんな素材に何で絵を描けば最も楽しいのか、という事が、はっきりとわかったからです。

勿論、長年漫画を描いてきたのですから、漫画を描くのも大好きです。

でも、そもそも油彩画から自分の創作を始めた私にとって、漫画というのは、自分の絵画を適用する表現手段ではない、というのが正直なところでした。

これは、たまたま私が、漫画に必要とされる条件下で絵を描く事が大変苦手だということでの個人の個性から言えることであり、漫画で素晴らしい絵画表現をされている方も沢山いらっしゃいます。

しかし私ははなから、白黒の小さな画面で自分の画才が100%開くことは出来ないと知っていたので、漫画については全く絵画的アートを追求してはいませんでした。
これは私の漫画をご存知の方は、皆さん感じておられる事だと思います。

私の漫画絵は、ひとえに下手、につきるのです。うがーっ。

また、色彩に強い執着を感じる私にとって、人気が出ないとカラー・ページなんかやらせてもらえない漫画の世界で、自分の絵画を適用する気は、はなから無かったとも言えます。私は自分の描く漫画には、絵画とは全く別の物を求めていて、それはそれで満足なのであり、これからもそれは変わらないと思います。

そして今回、布物に絵を描いたことで、私の中での油彩画への想いが限りなく再燃してきました。と言うか、私はそもそも多分、キャンバスに、油絵で絵を描く人間なのです。
このことにシンプルに気付けた事が、大変大きかったのでございます。

そういうわけでこの作業中、久々にキャンバスを沢山注文しました。
この実用品プロジェクトが一段落したところで、油彩画へと仕事を移してゆこうと思います。
そしてこの油彩画が、長く待っていてくださっている方に報いる為の、大切な仕事の入り口となってゆくでしょう。

いやあ、ありがたい。

ほんの些細な思いつきを行動に移した事で、今まで茫漠としていた景色が、くっきりと見えてきたわけです。

物事は、とにかく始めてみないと、何を運んで来るかわからないもんですな。

2014年12月17日水曜日

スイスから届いたクリスマスのお菓子


やりました。

何年も憧れていたお菓子が、遂に先ほど届きました。

私の友人が、その友人のスイス人のお友達からいつも分けていただいているという、謎のクリスマス菓子。

友人の友人の、もう80才を超えるお姉様という方が、クリスマスの時期に毎年少量焼いては、日本に住む妹に送ってくれるんだけれども、何故か絶対にレシピを教えてくれないという、ミステリアスなクリスマスの伝統菓子の 話をいつも聞いていて、私は何度もネットで検索したり、スイス菓子の店を探したりして謎を解こうとしていました。
て言うか単純に、食べたかったのですが。

そして遂に今年、私もお裾分けにあやかる事が出来ましたぁああああああ!

先ほど届き、早速一枚、震える手で。

お、美味しい.........................................

こ、これは確かに、初めての味わい。。


アーモンド・プードルに沢山の種類のスパイスを加えた薄いクッキーの様な、そして歯ごたえはしっとり。。。たまらん美味しさです。

今や日本には本当に本格的な、ドイツやスイスのお菓子屋が沢山ありますから、これに該当するものは、きっとお店でも売ってるんだと思います。

ネットで調べても、これなのかな、と思うお菓子は確かにヒットする。

しかしなんと言っても、これは手作り。

友人のスイス人の友人の、そのまたお姉様という方が、ずうっと守って来たお家のレシピで焼き上げた、秘伝のお菓子です。

そしてそのふくよかな、奥深い味わいたるや。。

いやあ感動です。
誰か専門家にでも食べてもらって、お菓子の名前やレシピを深追いしたいなあ。


パスカルズの初めての渡仏の時に、当時のプロデューサーの地元ナンシーに行きました。

その時に見たクリスマス・パレードは、華やかなイルミネーションや立派な飾り付けにはほど遠いものだったけれど、古い街並みに深々と連なるその列は、心の基底に届く、凄みを感じるものでした。

クリスマスという物のリアリティは、こういう物なんだ、と思い知らされる様な。

遠いスイスから届いたお菓子には、そんな本物さを感じたよ。

陰影を生まないLEDライトのイルミネーションには、決して宿らないクリスマスの魂を。

ウサギ T-シャツ デビュー



こんなTシャツを創りました。

友達のやっている、西荻窪のアート雑貨店ニヒル牛の年末年始バーゲンで販売するためです。

新作デビューがいきなりバーゲンてどうなの、とも思いますが、これは全部手描き直筆、そういった品は通常大変高価な価格になると予想されますので、デビュー直後にバーゲン価格でお披露目するというのは、理にかなっているような気もします。

気になるお値段ですが、Twitterでこの作品を観てくださった方から早速の注文をいただき、その方がいくらくらいの感じです、と述べてくださったので、その値段を定価とし、バーゲンではそこからいくらか値引きしてお届けしようと思います。

購入してくださる方が値段を付けてくださるなんて、ちょっといいではありませんか。
このウサちゃんは、ラッキーな星を持って生まれたのかもしれません。

写真をご覧のように、前見頃と後身頃に、ウサギ前面、背面の絵が描かれています。
降り注ぐ花の様子が違うのは、時の経過を現しているからなのです...
なーーんていうこじつけ的物語がいくつも浮かんで来るこのウサギTシャツ、現在トートバッグ等にも描いているので、ニヒル牛の私の箱、数年ぶりに賑わうことになるかもしれません。
どうぞ是非、ご覧にいらしてください。


ところで私は昔から、漫画やイラストとなるとどうしてもウサギでキャラクターを創る癖があります。

以前講談社の青年誌で漫画を描かせていただいた際、担当をしてくださった女性の編集さんから、何故ウサギがお好きなのですか?と聞かれました。

私はその時、「ニュートラルだから。」
とお答えしたのですが、彼女がしばし目をまんまるに見開いて絶句したので、「ど、どうしましたか」と伺ったら、彼女は、「何故その動物が好きなのか、という質問に対して、ニュートラルだから、という答えを貰うことってあるでしょうか。。。」とおっしゃいました。

私はそれを聞いて、なるほど、私はすごく変な事を言ったのかもしれない、とも思ったのですが、私の記憶ではすぐに彼女が、でも、わ、わかるような気が.....します......と仰ったと思うので、そうだろう、誰だって心の中では、ウサギのことをニュートラルな動物だと思っているんだよ、だからこそ、ほ乳類なのに鳥みたいに、何羽、とかって数えるのにちがいないのだし、みんな心の中ではウサギのことを、動物みたいで鳥みたいで妖精みたいで植物みたいな、結構つぶしの効くニュートラルな生き物だと思っているんだよ、と思ったものです。

ニュートラルな生き物は、あまり好き嫌いの対象にもならないし、それ特有の強い色が無いように思うのですがいかがでしょうか。
だからこそ、完全なる自分のウサギ、という物が創れると思うのです。
まるで神のようにフレッシュに、全く新しい生き物の土台となってくれるのがウサギだと、私は思うんですね。

ところでこのように、心の中で漠然と感じていることを口に出してみると、意外に同感を得られることってあるんですよね。

先日コロラドの学校の休み時間に私が緑色の服を着ていたらクラスメイトが、「サラが緑ってあまり見ないけど、案外似合うね。」と言ってくれたので、「ありがとう。でも緑ってあまり好きじゃないんだよね。緑ってさ、植物の色だから、服などの人工物や絵の具に緑色があると、このニセモノめ、植物の真似しやがって、と思ってしまうのよね。」と言ってみたのです。

すると彼女はまさに、かつてウサギについて私が語った時の編集さんと同じ反応を示し、加えて「はあ?」と言ったのですが、その後しばらくすると、「ああ、でもわかる、わかる感じ。」と言い出し、しまいには、「なんかすっごくわかる。私も同じ事を感じていたかも。」とまで言ってくれるようになったのです。

私が彼女に感じていた、なんとなく同じ世界を見ている、という実感はこの時に更に強まり、その後も仲良しな関係を続けています。


話がそれましたが、昨夜オーダーしてくださった作家の友人が大変気に入ってくださったようなので、せっかくニュートラルな泉から生まれたこの目つきの悪いウサギを、今後様々に展開してゆく予定ですのでどうぞよろしく。

鳥と植物でも創っていますが、それはまた今度。

よろしくね!