2015年10月12日月曜日

コロラドと私 2


私は自分のブログを、自分が感じた事の覚え書きみたいに使っているので、読みに来てくださる方には、感謝と共に、いつも申し訳無さを感じています。

要するに、日記に書けばいいような自分語りを公の場で書いているのであり、じゃあ日記に書けばいいやんと思うんだけど、ブログって、アクセスしやすいツールなんですよね〜。
ブログがこんなに、書いておこう、という気持ちを起こさせるようなデザインになっていなければ、このブログ文化はとうに衰退していたと思うんです。

すぐに開けてペンも辞書もいらなくて、写真も貼っておけてと、非常に便利です。

ところでこの写真は、昨日出会った白頭鷲です。

私はずっと前から白頭鷲に憧れていて、野生で出会えれば申し分無いのですが、野生で出会う時は自分が狩られる時かもしれず、なんとも言えない究極の選択なのですが、昨日は、この地で開催されているフェスのラジオ収録があり、そのステーションへ行ったら、鷲を保護する団体の方が見えていてお話をされていたのです。

資金集めの為に、20ドルで白頭鷲と一緒に写真が撮れますよ、をやっていたので、喜び勇んで一枚撮ってもらいました。
まさか白頭鷲とのツーショットを撮れる日が来るなんて、と大変嬉しかったです。

上の写真はその時に撮ってもらった写真から、自分を削除した物です笑。
下は写真は、撮る前にマスクをされている鷲。どでかさが伝わるでしょうか。

羽根を広げると恐らくは2mはあると思われる神々しさ



私が今いる地はユート・シティと言われる、その昔、ユート・インディアンというネイティブ・アメリカンの部族の集落のあった聖地です。

聖地、とかパワー・スポット、とかいう言葉があるけれど、もしそういう特別視的言葉を使うなら、私は基本的に、地球全体が聖地でありパワー・スポットだと思っています。
ただそこに住む人たちが、それだけその土地のエネルギーと融合した形での文化を培っているかで、そのパワーの強度が違ってしまうと思います。

コロラドの多くの地は幸いな事に、土地のエネルギーが人を飲み込んでいて、逆らえない物がある印象、とでも言いますか、高度成長期時代の東京の様に、人界優位であとかたも無く土地の風土を消し去ってしまうような発展を遂げていないが為に、どこへ行ってもそれなりのパワーがあると思うのです。

まあ最近東京も、ゆとりが出て来たのか、風土を尊重した空間作りを始めた街が出て来たので、そこはまた、いくらでも取り戻せるもんだと私は思っていますが。


ところで私がこのユートを故郷の様に感じるのは、土地と自分の相性がいいと言うのもありますが、非常に深い縁を感じる人と、この地で会う事が多いからです。
ここで会った人たちとは何故かすぐに親しくなってしまい、ほったらかしていても延々と付き合いが続くことが多いんですね。

そんな中のひとりに、Pという初老の紳士がいます。
彼とは飛行機の中で信じられないくらい意気投合してしまい、その後もやりとりをしていたのですが、なんと私の友達の多くが、彼とも友達だった事が後から判明して非常に驚いたものなのです。

それに私にとって彼はいつも非常に気になる存在と言うか、別に恋をしているわけではないんですが、なんかこの人好き、みたいな、そんな感じです。

しかしながら、他の友人と違って中々会う機会の少ないこのPが、もう少ししたらシアトルに引っ越してしまう事がわかり、タイミング的に、今回の私の訪問で会えればいいなーと漠然と思っていました。

でも、今回私がこの地へ来た目的は友達に会う為では無かったので、自分のスケジュールもよくわからないしと、ここに来る事自体を、Pには言わないでいたのです。

忙しい方だし、特に彼は私のユート関連の友達の中でも1、2を争うセレブなので(笑)、人に会う事にちょっとナーバスな部分もあるんではないかなという懸念もありました。
彼はハリウッド映画界の重鎮なので、ショービジネスの世界に生きたりアーティストとして野心のある人の中には、彼のサポートを得る為にアポを取る人が沢山いると思うし、それを見ても来ているので、どうもなんだか気が引けてしまったりする、という精神状態になる時があるんですね、彼に関しては。

ところが今回、彼がプッシュすると決めているイギリスの新人アーティストのコンサートがこの地であり、そのコンサートの主催者がなんと私の知人だった事がコンサート当日に判明、その知人はPの事は知らなかったのですが、コンサート当日朝に、偶然にも一緒に山に遊びに行ったので、そこで私に、何も知らずに招待券をくれたのです。

会場に行くとなんとそのアーティストとPが入り口で歓談しているところに出くわし、ぐわーっ、あんた、来てたんかい!と言われて、まんまと、シアトルに引っ越す前にPにお会い出来たんですね。

その後Facebookから、Pが私についてコメントしています、というメールが来ていたので見に行ってみたら、

「異なる文化や遠い地に住んでいるにも関わらず、人生はいつもサラと私に、ことあるごとに交差点を与えてくれる。なんとラブリーな魔法でしょうか。」

とあるではありませんか。

私は泣きましたね。

何故なら私もいつもPに関しては、そういう不思議を感じていたからです。
計らずとも人生が、必ず交差する道を創ってくれると。

Pとは今後もこんな風な、不思議な付き合いが続いて行くのかもしれません。

聖地にはこういう魔法が、まだ沢山生きているのです。

2015年10月10日土曜日

コロラドと私

コロラドに来ると、「私、何かいい事しましたっけ?」と思わず聞きたくなってしまうような、褒美のようなもてなしの数々にいつも圧倒される。

特定の誰かがしてくれるというのではない。
いや、誰か、と言うならば、寄ってたかってみんなが、と言うべきかもしれない。

でもどちらかと言えば、土地がそうしてくれてるんじゃないかと思う様な、森羅万象や自然現象や希有な偶然や動物まで巻き込んで、そ、そ、そ、そんなにしてくれなくっても、と思う様な、すっげえ出来事がいっぱい起こって、思わず天を仰いで聞きたくなってしまうわけです。
「オレ、なんかいいこと、した?」と。


私は、そんなどでかい褒美に値する様な、いい人間ではないことはわかっています。

だから日本では、それなりの人生を送っています。

日本では、「たいしていい人間じゃない自分」に当然あてがわれる様な、ぱっとしない人生を生きています。


しかーーーーーし!

対してコロラドは、私がいい人間じゃない事なんて、これっぽっちも気にしません。

怠け者で、やるべき事をやらなくて、思いやりが足りなくて、好き嫌いが激しくて、傲慢で、口が悪くて、我が儘でも、コロラドはいつも私に、最高の体験やご褒美や、なんとかして夢を叶えてあげよう、というようなお助け心を用意して待っていてくれるのです。

コロラドは、私がどんな人間で、誰かがどんなに私を嫌ったり私に怒ったり私を悪く思っていたりしても、全く気にしません。
溢れる様な愛情をフル回転させて、私を思いっきり、もてなそうとしてくれるのです。


親みたいに。


そんな存在を、人は誰でも持っているべきだと私は思います。
どんな人にだって、この世に少なくともひとりは、全てを受け入れて、完全な愛情で抱きしめてくれる誰かが、いるべきだと私は思います。

だから私は、親が必ずしもそんな風な存在では無いという現実が世の中にあることについては、とても悲しく思います。
犯罪を侵した自分の子供について、その子供よりも世間を尊重してしまう姿に、時々落胆する事があります。

これは、盲目的な親バカのことではありません。

酷い事をして、世間や誰かに迷惑をかけて、責められて当然の事をして、そして実際に責められている自分の子供の姿と現実を、曇りや贔屓の無い目でしっかりと見ながら、だけれどもちゃんとその子に、出来る限りのごちそうと愛情をあげて、味方である、という態度を貫いてあげる人が、どんな人にもいて欲しいと、私は思います。


私はコロラドに来て、全面的に肯定されて、磐余の無いご褒美を沢山貰って、なんだか怖くなるような幸運に恵まれて、素晴らしい偶然を山ほど体験して、こんなろくでなしなのに、「そのままでいいんだよ。」と言われているような気分になって、やや当惑気味な感じに今はなり始めてはいるけれど、だけど私は、世の中の誰もがこんな風に、際限の無い愛情でもてなされ、褒められ、夢を叶えようとしてもらえる権利を持っているんだと、根拠の無い自信を持って今は感じます。

それが心に良い影響を及ぼすだとか、歪んだ心を癒すとか、そんな野暮な事ではなく、無条件に、完全に肯定してくれる存在が、誰にとってもあってしかるべきだと私は感じるのです。



コロラドという土地の私への過剰サービスの原因は、いつまで経ってもわからないままだけど、だけど本当に、本当の意味で心ごと帰れる場所でいつもいてくれるというのは、とてもありがたいことです。

今回は本当に顕著にそれを示してくれているから、私は今後もう少し、ちゃんとノルマをこなすマシな人間になろうと、謙虚に改心しているところです。

旅人のコートを、冷たい風の勢いで脱がせるんじゃなく、太陽で暖めて脱がせるお話みたいだなと、感じているのです。






2015年9月27日日曜日

アヒルと羊

物をはっきり言わない人は我慢強いとか優しいとか人を傷つけないとか、文句や悪口を言わない人はいい人だ、とかいう道徳観念に、あまりにも侵され過ぎると、悪がはびこる(笑)世の中になる。

私は善悪の二元論は信じていない人間だが、普遍的な良心というものを持たない人、あるいは、なんらかの理由で、その良心の領域を深く封印している人というのは、実際にいる。

武器というものが命を殺める道具だと言う明白な現実を知りながら、その武器を売ってお金儲けをする計画を、全く恥じずに人前で公言出来る人間がいることを知ったのも、つい最近だ。

何故人は、そんな風になれるのだろう。

私は、利己的な動機で犯罪(戦争や一般的な犯罪や人間関係上の心理的物理的搾取や裏切りなども含め)を犯す人に対して、その心理的な背景を配慮する事はいつも行うのだけど、行為自体を肯定出来るかというと、それはまた別の話だ。

肯定出来るとすれば、その人が、自分のやってしまった事を深く悔いて、被害者が心底納得するような、過去の罪をきれいに精算出来るような事や補って余在ると誰もが思えるような行為(言葉ではなく)を完結した場合であり、それ以外でそういった人物に対して寛大な心を持つ事は滅多に無い。

こうした、誰かが犯してしまった、他者を巻き込む利己的な行いに対して寛大だったり理解的な事を言う人というのは、自分自身のそういった行いに対しても寛大である可能性が高いと思うので、犯罪者や搾取者の理解者に、自分はなりたくはないのである。




政治や他者や社会への不平不満を、延び延びと、思い切り語り合える相手がいるのはいい。

これは自分がスッキリするという以上に、なんらかの良い浄化をもたらす事になり得るという体験を、最近し続けている。

数ヶ月前に私はたまりかねて、ある人物を公衆の面前で怒鳴ってしまったのだけれど、それを見ていた関係者たちが、その人物からの多大なる被害を口々に告発し始めて、あっという間に人間関係の交通整理がなされてしまった。

私も私の友達も、自分について善人やましてや正義の味方みたいな自意識は全く持ってはいないのだけど、こうして悪人が日の下にさらされてみると、狡猾だと思っていた自分自身が如何に純朴だったかを、イヤでも自覚するもんですよ奥さん。
みんなー私も含めてですが、その悪しき行為への思いやりや理解を示そうという心から、長年、誰も何も文句を言わなかったんですからね。驚くべき現実。
そうやって、善人の優しさを滋養にしてはびこる悪は多いよね、世の中。


ところで私は最近、互いの中にある誰かや何かへの不満や怒りや感情的ストレスにジャッジを下さず、そのストレスへの思いやりを持ちながら、話を聞き、語り合えるというのは、ある意味、おのれに対しても厳しい人間同士でないと出来ない行為なのかもしれないと、気付いた。

自分の中にある誰かや何かへの不満を直視し、自覚し、分析し、言葉に出して人に伝えられる人というのは、同じ事を自分に対しても明晰に行える人だと、私は感じる。
自分の中の不透明な領域をきちんと把握し、それを正して成長してゆける人だと私は感じる。

誰かや社会への悪口やストレスを、柔らかい言葉や偽善的な表現で誤摩化さず、辛辣な、ある意味乱暴で独善的な言葉で分析的に語れるというのは、「自分は今、利己的な動機で不満を表明している、だから自分の今行っている行為を正当化はしないし、それを聞いた相手にどう思われても構わない」という覚悟と自覚があってこそだと私は思う。
(もちろん世の中には、もっと不透明な心からそれをやるサイコな人もいるけれど、ここで書いているのは、そういう人は論外、という前提の元でです。)

最近、日本の政府の在り方に沢山の人が声を上げていて、とても素敵だなと思う。
健全な政治家なら、そういった声を歓迎し、きちんと対話を求めてくるでしょうが、悪代官は、発言自体や発言した人物自体を貶める様な事を言い出すものである。
日本はこの先、どうなることでしょうかね。



個人的には、政治の事も含めて、成熟した会話をする機会を最近続けざまに与えてもらって、私はとても幸せでした。


というわけで、このお料理写真は、日本での、そんな素敵な大人達との女子会にていただいたお料理です。

北京ダックはパスカルズ M井部長様の奢りでございます。
ご自身がグルメであられるのだけれど、下々の者をつき合わせるのは残酷、という理由から、わたくしたちに自腹で振る舞ってくださったのでございます。
ありがたき幸せ。

場所は新宿、海外からいらした政界の大物なども多く利用されるという中華料理屋さんだそうです。

カリカリクリスピーなダックの皮にお砂糖をまぶして食べる。

サーブしてくれるお嬢さんが美人

北京ダック色々。萬頭で挟んだ北京ダックサンドが特に気に入りました。



ダック麺



で、ものすごかったのが以下のダックのスープで、なんですか、ダックを一羽丸ごと絞って作りましたみたいな、新鮮ダック濃厚味だったのでございます。
これね、いやー、人間て罪深いわ。。でも美味しかった・・・。

見た目は控え目なのにすさまじいダック・パワーを持った一品


お次は、間髪入れずに決まった次なる大人の女子会にていただいた、羊三昧レポート。
これは神田の味坊さんというお店でいただいた物ですが、どのお料理も大変美味しかったです。

前菜盛り合わせ。どれも大変異国情緒あるお味です。

羊の炒め物。絶品。

白菜とチャーシューの麺


羊の串焼き。絶品。

この他に、青菜の炒め物や、今回の女子会のテーマであったマトンの水餃子と焼き餃子などもいただきました。美味しかったですが、このお店はがつんと羊の真っ向勝負なお料理の方がより美味しいと思いましたね。串焼きとか、羊炒めとかね。

美味しかったし、会話ももうなんですか、ダック女子会を凌ぐ勢いで盛り上がりましたね。

ところでこのマトン餃子女子会を、私の渡米前にギリギリ実現に導いたのは、映画"野のなななのか"で主人公鈴木光男の青年時代を演じられた、かっくいくておしゃれで素敵で大人な男性、俳優の内田周作さんです。

最近私たちの女子会メンバーにレギュラー入りされた周作様、次回はあったかい作り立ておはぎをいただく会、などを積極的に発案し、既に女子会幹部へのスピード出世をにおわせる貫禄を漂わせておいでです。

女子会なのに。


アメリカから帰国したら早速みんなで、暖かいおはぎを食べに行ける予定。
私は本当にしあわせものです。

2015年9月12日土曜日

ヴァルド派の料理

灰に埋まっていたポテトを掘り出したところ

先日、映画"アンフェアthe end"の試写を観せていただき、その後 佐藤嗣麻子監督に、ヴァルド派の料理を食べさせてくれるレストランに連れて行っていただいた。

実は映画の後ローフードのレストランでランチを食べている時にそのレストランの話になって、では次回は是非そこへゆきましょう、じゃなくてそのまま同じ日のディナーへとなだれ込んだのである。なんて楽しい。

嗣麻子さんといると、私はエンドレスになることが多い。

以前やはり何かの折りに銀座かどこかで飲み始めて、そのまま梯子梯子梯子と続き、最後は一緒に下北沢の日本酒の美味しい割烹のカウンターに座っていた記憶まではあるのだが、次に気付いた時、私はひとりで東西線九段下の駅のホームにいた。

下北沢から九段下ってさ、どうやって行くの?
シラフの今でもいきなりは言えないよ。

当然そこまでどうやって行ったかなんて全く記憶が無いんだから、悪魔の毒水は恐ろしい。
そういや舞浜で飲んでて、終電見送ってふたりでディズニーランドのホテルに泊まった事もあったよ。

断っておきますが、私は飲ん兵衛ではありません。
ここ数年は、パスカルズの打ち合げとかでもウーロン茶やアルコールフリーの偽ビール専門でした。

ところがしかしこのヴァルド派の夜、またしても私はぐでんぐでんに。
嗣麻子さんがアタシをそうさせるのね。
まあそれはそれとして。

ヴァルド派っていうのは、ピエモンテ地方に居を構えたキリスト教プロテスタントの教派の名前である。
開祖のヴァルドーは聖フランシスみたいに、ある日富の空しさを知って清貧を説いた方だと言うのだから、このヴァルド派のコース料理は多分贅沢ではないはず。。。というわけでポテトが灰に埋まって出て来たりはしたものの、実際にはかなりグルメなお料理でした。

まずスターターはこの、トリュフを散らしたムース。トリュフ、かなりしっかりした風味でたっぷりでした。



サラダも美しく、

2種類も出て来ます。


これが大変変ったお料理で、グリッシーニが、シナモン風味たっぷりのスープで煮込んであるんですね。とても美味しかったです。その名もスッパ・バルベッタ。

口直しに桃のソルベが出て来て。


灰に埋まったポテトが見せられた後、メインディッシュ、羊の藁包み焼きが現れます。



農家料理という事ですが、羊というのはやはり日本で食べるとごちそうだなって感じますね。
灰入りポテトも藁入り羊も、テーブルに持って来てくれるのですが、見せてくれるだけで一旦厨房に下げ、このように切り分けて出てくるのです。


この羊、もう、殆どレアです。生肉。

私は、あまり生肉は食べないのですが、唯一羊だけは、どんな焼き加減でもオッケーなんですね。私は羊好き。だからとても美味しかったです。

とは言え、一緒にいた漫画家の友人が、もっと焼いてくださいって注文していたので、2種類の味を楽しみたかった私は1/3ほど食べたところでそれに便乗。
こんがり焼かれた羊もまた、大変美味しかったのでございます。

さあ、キリスト教徒の様に羊を堪能した後はデザートでございます。

まずこれが出て来て、



次にこれでとどめを刺されました。


コーヒーも堪能。

始めに、シャンパン、ワインは白と赤で行ったよ。
シャンパン、白ワインまではグラスだったけど、赤ワインでボトルになったね。

今夜も夜通しかっ!って思ったんだけど、嗣麻子監督は次の脚本中ということだったし、私も次の日何かがあって、なななんと奇跡的に、シャンパンと白ワインを一杯ずつ、そして赤ワインのボトルを三人で一本開けただけで、お開きとなったのでございます。

これは何と言っても、聖貧を説いたヴァルドーへのはなむけとなった事でしょう。
ならないか。。


何故かこの夏から9月にかけて、グルメな機会に恵まれているワタクシ。

先日も北京ダックの素晴らしいコースをご馳走になり、明日はなナント!
映画"野のなななのか"で主人公・鈴木光男の青年時代を演じられたイケメン俳優、内田周作さんと、マトン餃子デートだーーーーっっ!!!!!



じゃなくて、女子会。
女子会なんですよ奥さん。
何故かイケメン俳優の周様とね。
理屈がおかしいでしょ?
周様もただのイケメンじゃないね。
時々Twitterがとてもサイケなことになってますからね。

そんな不思議イケメン周様(佐藤史生ファン)との女子会、
デートじゃないけど楽しみだよ!

北京もマトンも次々とブログに更新してゆくぞ〜。

あっ!!

ところで!!







しかしあまりにネタバレの地雷が多く、長々とブログで感想は書かない方が身のためということで、怖いから何も書きませんが、あれは見るべきです。是非。

2015年9月11日金曜日

おさななじみ


数年前に再会した時に、私たちの関係を「幼馴染み」と表現したのは、友達のルナだ。

ルナが言うんだからそうなんだろうと、私は即座に納得する。

ルナというのは私にとって、昔からずっとそういう存在である。


クラスにひとりはいる、印象的な美人。

いや実は、私のいたクラスには、印象的な美人が何人もいた。
その美人たちが何故だか集ってしまい、いつも一緒に過ごすことになったのは、何故なんだっけ。
そんでその中に私がいたのは、何故なんだっけ。

まあ、細かい事は考えないで下さい。

いつも一緒にいた美人軍団の内、茜とミクとアリスは、いわゆるモデル系の美女だ。
というか、実際にバイトで雑誌モデルなんかの仕事をしていた(と記憶している)。
白い肌に大きな瞳の茜はまるで西洋人形の様な女の子で、ミクはエキゾチックな小麦色のアグネス・ラム(古いです、なんせ私の幼馴染みの話なんで)、長身と長い手足のアリスも陽に焼けた肌に大きな瞳の、きりっとした元気な子馬の様な美少女だった。(もう二人いたんですが長くなるので省きます。すまん。)

このグループで歩いていると必ずと言っていい程通行人に振り向かれ、若い男性グループが、「見た?全員美人!」と呟いたのを一番後ろを歩いていた私が聞いてしまい、申し訳ない気分でそそくさとみなの後を追った事もありました。


そして、ルナである。

ルナは全てにおいて特別だった。

ルナは、どこにいても一瞬で人の眼を釘付けにしてしまうような少女だった。

長い髪を後ろで、腰まである一本の三つ編みに束ね、フランス映画のワンシーンみたいな、個性的で洒脱で雰囲気満点のファッション。小さな顔にかけた丸眼鏡もそれを損なわない、端正で利口そうな、隙の無い顔立ち。

言葉は常に洗練され、物腰はいつも落ち着いていて、天才に特有のちょっと人を喰ったような、普通の感情が通ってないみたいな雰囲気もあるから、見下されるのを怖がって敬遠している人たちもいた。

けれど実際にはそんな選民意識を全く持たない、ちゃんと心に暖かい血の通っている少女なんだけれども、まあ確かに、あまりにも逸脱していたから、そんな風に周りが感じるのも無理は無いと思う。

いわばただの美人である(ゴメン!)茜やミクやアリスとは一線を画す、少女としての絶品がルナなのである。

それが私の独りよがりの解釈でないことは、ルナが私のうちに遊びに来た時に証明された。


私の親は、実に美意識の高いヒトデナシだ。
あんたそれ、ただのヒトデナシだよ、とこちらが度々ヒヤリとするくらいに、美のジャッジに関して容赦が無いのである。

しかし私は心のどこかでいつも思っていたのです。
どちらかと言うとコンサバティブな美的感性の私の親には、私がいいと感じる、革新的アート系寄り世界観は理解できまい。と。
チミがいくら美意識の高さにプライドを持っていたところで、そんなコンサバな感性じゃ、これからの革新的な美にはついて行けないよ?、みたいなさ、まああれですよ、生意気なティーンエイジャーの、親を見下す心を、私も持っていたってわけ。

だから私は、自分の親が、ルナの良さを理解出来ると、思ってはいなかった。

ルナは新しい。
だから、古くさい古典的な美しかわからないかあちゃんには、あの良さはわからないわよ、ってなもんですよ。

とーこーろーがーーーーー!!!!

裏庭の木戸を開けて、沈丁花の茂みの影から現れたルナを見た時、私の母は絶句した。

私はこの時点ではまだ、母の絶句と言葉の少なさを、単なる戸惑い、と解釈していた。

なんたって、ルナは新しい。
ルナはフランス映画から抜け出して来た少女であり、存在そのものがアートだからだ。

かあちゃんに、それが、わかるわけねえべ?

いつもは饒舌過ぎて私をヒヤヒヤさせる母が、「ああ、いらっしゃい。」と言ったまま、ルナを眼で追いながら押し黙っている。
私はこの時点でもまだ、ホラホラ、ルナは新しいから、よくわからないんだろ?と心の中でほくそ笑んでいた。

しかし、ルナが帰るとすぐに、母は私をつかまえてこう言った。
「ずいぶんと、垢抜けた子ね。」

これは実は、私が初めて聞いた母からの、私の友達への褒言葉である!!
私はたまげてやや用心深くなった。

私「か。可愛いでそ?」

母「いや、なんていうか、それだけじゃないでしょ。雰囲気があって。顔は?と思って顔を見たら、顔もものすごく可愛いし、スタイルもいいし、お人形さんみたい。」

これは、普通の人の言う「あの人世界で一番綺麗だ。」レベルの発言である。
私は驚いた。

そしてこの日から、私の母を見る眼は変った。
こいつ、わかってる.....。


まあそんなわけで、コンサバな美的感覚の持ち主も感嘆させるアート系のルナは、やっぱりすごいと思ったのである。
どういう趣味に偏っている人でも、その人が目利きなら、普遍的な良さのことはわかるんだ。この認識は、その後の私の芸術作業の励みにもなりました。


そんなルナは相変わらずずうっと芸術を続けている。

ちょっと前まではアメリカの有名なゲーム雑誌にも大きく取り上げられた、すんごいアートなゲームを創っていたけれど、今はもっぱらガラス系オブジェのようだ。

それで今、入谷駅前のいりや画廊で、個展をやっています。

私も今日、やっと行けて、本当に堪能しました。

個展はあと二日なので、興味の在る方は是非いらしてください。


見る人が映り込んで完成されるガラス画。私入り笑。


ルナと私入り。


幾何模様を刻んだガラスを沢山吊るし、風と光を充てて壁にアニメーションを展開するインスタレーションは、ガラスの触れる音が画廊のBGMになっており、見ても聞いても心に染み入る作品。


Soul Gardens Ⅱ 〜 ガラスの彫刻とジュエリー展
いりや画廊で12日まで、です。

2015年9月9日水曜日

小鳥の小皿

私の創ったおてしょ皿
最近、鳥の形の食器を作る事に鳥憑かれています。

始めは大きな鳥型花器だったのだけど、陶芸の先生から"おてしょ皿"という物の存在を教えてもらい、その"おてしょ"の鳥型のやつが突然創りたくなって、まさに鳥憑かれたように、いきなり15個も創ってしまいました。

おてしょというのは京都の言葉で、手に塩、つまり、おむすびを握る時に手に塩をつけるでしょ?その、塩を盛る為の、小さな小さなお皿の事なのだそうです。

実際のおてしょ皿をネットで見れば、私の創った鳥皿がいかに異端かはわかる。。

でもこの鳥の小皿、私的には、懐石料理の八寸に使っても、ジャムやバターを盛っても、塩や醤油やドレッシングやディップなんかを入れても、楽しくて可愛いんじゃないかと思うのです。

写真は、来る日も来る日も延々と鳥の小皿を作陶する私の謎行動を黙って見ていた先生が、私の知らない内にそれらをまとめて展覧会に出すことに決めてくださっていて、先生が勝手に搬入して勝手に展示してくれたそれを本日、展覧会場に行って撮ってきた物です。

実に可愛い並べ方なので、会場でちゃんと作品ぽく見えていたという驚き!
先生ほんとにセンスいいよ。

実は、ある日突然私の小皿を展覧会に並べると言われた私は、それだったら、飛んでる小鳥たちの先頭の数羽が池に着水するイメージで、丸い、波紋を描いた青黒いお皿を創ろうかな、と計画したのです。

しかしながら、陶芸の難しさをいいかげんわかってきている私、そんなの私に出来るわけねえ、と、さくっと諦めました。
まずさ、まだ轆轤(ろくろ)を触らせてもらえない私が、手捻りで、無駄の無いまん丸に土を形成出来る訳が無いし、出来たとしてもその皿に、私が思い描くみたいな、波紋の幾何学模様を、描けるわけがありません。

なんたって昔から、無機物が描けない、という理由で、ジャングルと動物しか出て来ない漫画でデビューした私なんですからね、とほほのほー。

というわけで、皿を諦めた私は小花を創りました。

一番背の高い鳥皿は実は短く切った花なら刺せるくらいの深さがあるので、それに陶器の小花を刺して展示しようと思ったのです。
そしてその花は、まんまとうまく焼けました。

とーこーろーがー。

焼き上がったらまずあっという間に茎が折れ。。
茎が折れても、お花だけ鳥と一緒に並べれば?と先生が慰めてくれたので、だったら、二羽の鳥の羽根の上に乗せて運んでるみたいにしようかな、その方がむしろ可愛いじゃね?と盛り上がった矢先に今度は花びらが取れてバラバラに。。。
というわけであっと言う間に見るも無惨な単なるガラクタに早変わりした陶器の小花。
夢砕けた私はそいつをテーブルの片隅にまとめてゴミとして置いておいたんですね。

あの時はまったく、なんの呪いだ、と思いましたよ。
触る物全てが破壊される妖魔にでもなったような気分でしたね。

しかしななんと!!
先生がとーーーーっても上手に直してくれて、ちゃんとリクエスト通りに飾っておいてくれていました。感激〜。


私の鳥熱は依然冷めやらず、現在は鳥型のコーヒー・ドリッパー&ポットを創っています。
それは、うまく出来たら友達にあげる予定。
でも上の小皿は、おなじみ西荻窪のニヒル牛2に納品、私の鳥籠型の展示スペースで販売しようと思っています。

是非見に買いに、来て下さいね♡


こちらは非売品"夜の森"絵本用に創ったクラルハイトの花器

つうか、絵本すっごく遅れてて申し訳ありません!!!!!

なんと言うか、あの展覧会自体が、大変準備時間の無い中決行した物でしたもので、せめて本くらいは納得の行く内容でお届けしたいと思い、あれこれ試行錯誤しているのでございます。

今しばらくお待ち頂ければ幸いです。。。。すいません〜。

2015年9月4日金曜日

ジヴェルニーの休日


さっき電車の中で"モネ展"の広告を見た時の、自分の心の反応に、驚いている。

遠い昔に亡くなっている、絵画を通してしか触れる事の出来ない絵描きの、生々しい存在感をありありと感じたのだ。

まるで隣に、生きて肉体を持ったモネが、存在しているかのように。


私はそもそも、特別なモネ・ファンである。(と多くのモネ・ファンが自称したいことだろう)
モネと私には、ひとかたならない縁があると感じている。(と、多くのモネ・ファンも信じていることだろう)

私以外の多くのモネ・ファンの言い分も尊重するから、私にも思い切り言わせてちょうだいよ、というわけで言わせてもらえば、モネは私の魂の本質の領域に生きる、その深い同じ領域を分かち合っている絵描きなのである。(言っちゃったーーー!)


そんなクレイジーなモネ・ファンを何十年も続けているのに、さっきみたいな生々しい、モネを"ヒト"として認識するような感覚を覚えたのは、生まれて初めての経験だ。

私は芸術全般において常に作品が全てであり、それを創った人物、つまり作家、という物にはあまり注意が向かない方だ。だから作品が大好きでも、その作家自身を語る本とか映画などには、基本的に全く興味が無い。
その作品が生まれた背景や生んだ人物、なんてもの知らなくても、作品があればいいのであり、作品こそが全てを与えてくれる。と思っている。

だからモネに対しても、ヒトとなり、とか、人間モネ、なんていうものはどうでもよくて、そういう事情で長い事、ジヴェルニーに想いが向かなかったのかもしれない。

ジヴェルニーにはモネの生きた庭と家とアトリエがある。
モネのファンはとても多いので、ジヴェルニーのモネの家観光は、とても人気だ。
気にならないわけではなかったけれど、さほど興味もそそられなかったのだ。
今までは。

ところが最近急に、モネの見た睡蓮を見たい、と思う様になってきた。

モネの見た睡蓮を、モネの心で見たいと、思う様になってきた。

モネの心で見るのは勿論無理な話だが、なんていうのか、一人の人として、モネの視線の先を、その同じ位置で、同じ様に体験してみたくなったのだ。

そんな矢先にパスカルズの欧州ツアーが入って来て、私は友達をひとり誘って、ふたりでみんなより1泊か2泊早くパリに行って、ジヴェルニーに行ってみない?と言ってみた。

友達も乗り気だったしその計画は無理が無いように思えたけれど、私はなんとなく思いとどまった。パリに前乗りしなくても、もしもパリのライブがレンヌからの移動日の午後に設定されれば、翌日は丸一日オフになる。もしもそんな風に事が運んだら、ジヴェルニーに行くことにすればいいんじゃない?と私は思い直したのだ。

今回この機会に、なんとしてでもジヴェルニーに行きたいと思っていた割には、やけに消極的な計画にしたもんだな、と我ながら不審に思った物だが、これはどうやら私の心が、モネに縁があるなら、私はきっとジヴェルニーに行けることになる、的賭けに出たのではないかと思っている。

かくしてまんまと、7月21日、パリでの丸一日オフを手に入れたワタクシ。
初めてのジヴェルニーは無理の無い確実な方法で、というわけで、パリの旅行社が企画している、ジヴェルニー半日観光を予約。それは70ユーロで、パリからバスでジヴェルニーに直行、モネの家でサクッと添乗員さんにガイドしてもらった後は、自由にしていていいですよ、っていう、いい案配の内容だった。

そして、何年も抱えていた、パリからジヴェルニーに行くのって大変よね、っていう思い込みを跡形も無く消し去ってしまう程に、ツアー・バスはいとも簡単に、75分くらいでジヴェルニーに到着してしまった。しかもパリの街を出る時には、主要な観光地ーエッフェル塔、シャンゼリゼ通り、凱旋門、ブローニュの森、ポンテザール、ヴェルサイユ、ポンヌフ、を全部触っていくような余裕までぶちかまして。

この余裕には、あんたジヴェルニーを嘗めてない?って思ったほどだ。楽しかったけど。


この旅は、セーヌ河をずうっと遡る旅でもあった。
セーヌはパリの街を出てもずっと続いていて、ジヴェルニーに近づくにつれ、その様子はどんどん自然の姿に回帰していった。

エッフェル塔や有名な橋やディナー・クルーズ船は消え去り、そのかわりに水草の茂みと森と石造りの水郷が、セーヌを縁取る役割を担い始めた。そしてほぼ完全に自然物として回帰したセーヌの流れの先に、石造りの家の並ぶ、小さなジヴェルニーの村があった。


モネの家も庭も、観光客でいっぱいだったし、あの絵に描かれた緑色の橋の上も人がいっぱいで静けさは無かったけれど、私の心の深い深い底に、静かに侵入してくる気配、その庭の、花の、睡蓮の放つ静謐な光は、そんな事には全くわずらわされなかった。

あの時の私は確かにモネの庭を歩きながら、しかし足はもっともっと深い時空を、踏みしめていたように感じる。

心の内側に、直に侵入してくるような、庭の輝き。
水面、反射、花、色彩、緑、その何もかもが、全くフィルターを通さずに、真っすぐ心に飛び込んでくるのだ。
だから人も話し声もにぎわいも、何も邪魔にはならなかった。
そこには私と、庭の放つ光だけがあったのだ。

あんなに深い静かな感動を、あんなに長い時間味わった事は、今まであっただろうか。
自分の細胞全てが塗り替えられる様な、比類の無い輝きに晒され続けるような。
そこには実際、モネさえも関係無かったように思う。
私と庭だけが、ただ深く静かに対峙し、交歓していたのだ。




そんな時、一緒に来ていた友達から、お茶でも飲んで行かないか、と電話があった。
この半日観光は、そもそも下見として、ってな感じで計画したものだったから、私はそろそろ自分のいた深みから出て、今度は観光を楽しむ事に決めて、お茶のプランに乗ることにした。

ティーハウスはモネの家の目の前にあって、古い、風情のある、植物に囲まれた素敵な一軒家だった。私は地元の名物酒カルバドスをかけて食べるケーキを注文して、そしてそれはすっごく大きくてびっくりしたけれど、とても美味しかった。




今度は絶対に、泊まりがけでジヴェルニーに行こうと思う。

そして日がな一日モネの庭で過ごして、池と睡蓮を楽しもう。


この、ほんの短いモネの家での体験が、さっきの電車の中での、モネにまつわる衝撃的な感覚に繋がっているのだろうけれど、だとしたら私の細胞の一部は、本当になんらかの変化を起こしたんじゃないかなと思う。

だから行ってよかった。

このタイミングでモネ展が開催されるのも、恵まれた偶然だなと思う。

モネ・ファンは、誰もがモネの絵に自分の魂の深みを重ねるのかもしれないけれど、私も今回は本当に、自分の根底の領域が、モネの何かと繋がったと感じるのだ。

こんな美しい神秘な半日を過ごした日の午後が、先のブログにも書いた、パリのホテル盗難未遂事件に繋がるってわけなのだから、人の世というものは、バラエティーに富んでいておもしろいもんですなあ。とほほのほー。。(^^;