2016年10月4日火曜日

湖の泥沼

これから誰かと湖一周の散策をしようと思っている方にお伝えします。

その湖は恐らく、今見えているより遥かに複雑な形を持ち、今感じられている湖の周辺距離の、少なくとも10倍はあるかもしれません。

9月のコロラドでそれを思い知った私と、その体験を聞いた私の友人が富士五湖で同じ思いをしたという証言からも、誰も気軽に湖一周など、するべきではないという事は、おわかりかと思います。

コロラドで散策好きの相方から、湖一周の散歩に誘われた時には、運動不足だからちょうどいいか、くらいの気軽さで応じました。

時々訪れていた湖で、そんなに大きく感じられない上に、周りの風景が大変美しいので、楽しみですらありました。

秋だというのにかんかん照りなのに帽子も日焼け止めも無く、軽装だったから持っていたのは500mlペットボトルの水だけでしたが、こんな湖、1〜2時間で回れるだろうと信じていたので、そのまま気軽に散策を始めてしまったのです。


しかし実際には、その湖はいくつもの小さな湖〜と言ってもボートが無ければ渡れないくらいの周囲の〜小型湖がメインの湖の周りに数え切れない程枝分かれして存在しており、実際にその湖を一周するには、膨大な距離を歩く羽目になってしまったのです。


場所はコロラドですから大自然です。
湖の周りは鷲鷹の保護エリアだったりして、脇道から道路に抜けるとかそういう逃げ道は全くありませんでした。

いや、何度かそういうチャンスもあったのですが、一緒にいた楽観的な知人が、何度かそのチャンスが訪れる度にその方法を選ばなかった為、二人共もう限界、を感じる頃には、もはやどこにも逃げ道の無い修羅場に、突入してしまっていました。


戻るにも距離があり過ぎ、ただ進むしか無い無限地獄です。


幸いだったのは、あくまでもメインの湖が歴然と見える中での散策だった為、道に迷う怖れは無かった事。
単に、目に見えているあそこの岸辺、という物に到達する為に、信じられない様な辛惨を経験しなければならなかったという事です。

最悪夜になってもしまっても、まあその場で野宿すれば、明るくなってからまた歩き始めればいいわけで、そういった意味での恐怖はありませんでした。


それでも。


あの森を抜ければようやく目指す岸辺だ、と言った際に、希望と共にその森を抜けた途端、今までで最も大きいのではないかと思われる枝別れ湖が現れ、その時にはさすがに、恐怖と絶望感に襲われたのは事実です。
心の強い同行者も、さすがにその時には、奇妙な動物の様な雄叫びを上げていました。
気の触れる一歩手前、という感じでしょうか。


ドライブウェイに抜けるチャンスがまだ稀に数回現れた頃に、私は何度か、今ここを抜けた方がいいんじゃないか、と提案をしましたが、同行者はそれに耳を貸しませんでした。
ですので私は、もう自分があれこれ考えるのはやめて、この人のやりたいようにさせよう、その方が心が楽だ、と諦め切りました。

思考が最も人間のスタミナを奪うという事を私は体験から知っていたので、考えるのを完全に、やめさせていただいたわけです。
繰り返される小型湖の出現や、歩きにくい湿地や沼地や、一体どこを歩けばいいのかわからないくらい丈高の、しかも刺だらけの草に覆われた場所、しかもガラガラヘビの生息地、などに出くわす度に、絶望や失望や心の迷いや苛立や恐怖や怒りを感じるのは全て相方にまかせ、私は一切、考える事を放棄しました。

するとスタミナは温存され、どんなに歩いても一向に疲れなくなりました。


そういった中で自分を観察している時、面白い事に気付いたのです。


私が疲労を感じるのは、自分の心が、「こっちじゃない。」と感じる方向に歩かねばならない時だけだったのです。


人と一緒だったし、体力を温存する為に私はリードする事を放棄しましたから、文句も言わずに相方の選ぶ道をついて行っていたわけですが、自分の心が、「こっち」と強く感じる時に相方が逆の道を選び、そちらに自分が行かねばならないその瞬間の分かれ道に出くわす度に、私は強い疲労を感じ、それがしばらく、まあ、3分程度でしたが、続くのです。


もしも私が自分の感覚に執着し続ければ、更に疲労は続いたでしょうが、抵抗を感じる度にそれを意識的に忘れる事で、疲労感は短時間で治まりました。


これは普段の生活でも感じられていた感覚ですが、普段は単なるそわそわするような落ち着かなさという形で出るだけだったので、こんなにあからさまに、堪え難い疲労、として体現されるのは、初めての事でした。


5月に友達と中欧ヨーロッパに行った時に、ロシアの空港で友人がカフェを見つけてそこで朝ご飯をゲットしようとした時にも、私のこの落ち着かなさが発動し、列に並ぶ友人に許しを貰って、一人で乗り換えゲート近くまで歩き、そのゲート内にあったカフェでひとりで食事をしました。
友人の見つけたカフェには、私が食べたかった物が無く、ゲートのカフェにはそれがありましたから、やはりこの感覚は、役に立つのです。


湖を歩いていた時にも、もしかしたら私がリードをとり、この感覚に従って歩いていれば、あんなに凄まじい事にはならなかったかも知れません。
でも私は、冒険の顛末を見てみたかったので、敢えてその提案もしませんでした。


結果、朝10時に歩き始めた私たちは、なんとか夕方5時には、全身泥だらけだったから湖に服ごと入って洗ったりしなければならなかったものの、怪我も無く脱出、5時を過ぎると駐車場が閉まっちゃって、車も出せないしどうすればいいの、という地獄にまでは発展せずに冒険は終わりました。


非常にチャンレンジな体験でしたが、やって良かったとも感じています。
まあ、やっちゃってから後悔しても仕方無いので、良き面を見るしかないんですけれど。



今回コロラドでは後にもう一度同じ様な事があったんですが、そこでもやはり例の疲労を感じたので、その時には相方に言ってみました。

するとやはり、私がこっち、という道に行くのが、正しかったのです。
そうではない道を選んでから、その事が後でわかったんだけどね。


冒険好きな友人がいると大変ですが、自分の限界点の目安では選ばない真新しい体験が出来るので、まあいいと思うのでした。


でももう二度と、湖を歩いて一周してみようとは思わないことでしょう。

2016年8月23日火曜日

深読み感想ーヒトラー最後の20000年

ケラさんの舞台"ヒトラー最後の20000年〜ほとんど、何もない"を、幸運な事にもう一度観る事が出来ました。千秋楽。

で、作った人が"ほとんど何もない"って言ってんだから、何もないでいいじゃんとも思うんだけど、実は色んな物があるように観えてしまった部分もあるので今日はそれを書こうと思います。


このお芝居は、主にヒトラーという、歴史的にマクロなモンスターに焦点が当たっているんだけれど、その同じ時代に生きたふたつの家族の事も、描いているんです。

ひとつはアンネ・フランクの一家。
そしてもうひとつは、歴史に名前など残らないであろう一介の民間人〜亡くなった娘の夫とひっそり二人暮らしをしている、「おとうさん」の家族ーつまり、娘婿(アフリカ系青年)とその義父(日本人57歳)、です。


アンネ・フランクの家族のエピソードを通しても色んな物を感じちゃったのですが、より強烈に心を捉えたのは、「おとうさん」の方でした。

この「おとうさん」、始めは普通に良い人物、という佇まいを持って出て来ます。新聞で報じられるナチスの、ユダヤ人への残虐な迫害ぶりに胸を痛めたりして。
だけど徐々にことあるごとに、彼の内にある無自覚な、というか、彼にとってはもうなんていうか当たり前過ぎて疑問にすら思えないのであろう、定着した無頓着な、無邪気な人種差別意識が、あからさまに言動に、随所に現れるのです。

これは、普段は良識的な発言をしている政治家が、スピーチ中に人をギョッとさせるような非人道的な(本音)発言をしてしまって、後で叩かれるみたいな出来事として、日常でもよく目にする光景ですが、この「おとうさん」は政治家でもなんでも無い、パブリックな人物では無いので、その無頓着で無邪気な残酷さは、日常を共にしている家族の現実という、非常にミクロな領域で体験され続けます。


大舞台で900万人ものユダヤ人を殺害したヒトラーというマクロ・モンスター。
その惨状に胸を痛める「おとうさん」の内にある、本人どころか周りの誰からも疑問視されない、日常的な残酷さ(&実はもっとホラーな本音も潜んでいるのですが。)というミクロ・モンスター。


殺した数が違うだけで、他にはまったくもってなんの違いも無い、ふたりのモンスターなわけです。
この「おとうさん」が日本人なのって、日本軍がナチス側だったからかなとか思ったけれどまあそれはどうでもいいんです。とにかくあの「おとうさん」の、随所に現れる他者への魂の無い残酷さが、背筋を凍らせる程不気味なんですよ。


こういった、日常の中で取り立てて責められる事も無く見過ごされている他者への無神経さ〜心を込めて作ってくれた料理を無視したり、誰かが大切にしている物や事や作品を尊重しなかったり、ちゃんと話を聞かなかったり、マルゴット・フランクを当たり前の様に「アンネの姉」と呼び続けたり〜そういう無神経な残酷さが随所に散りばめられているこのお芝居を観ていると、誰が、どの口下げてヒトラーを責められるのか、という気分にもなってくるのです。

わかりやすい悪い事をした人間は、標的になりやすい。
でも、その悪い事をした人と同じ心の質が、自分の中には全く無いのか。

たったひとりの人間が、900万人を殺せたわけではないのです。
900万人を超える人々の心の中に、ヒトラーの欠片があったから殺せたわけです。


もしも良識派を自負する誰かが、このヤンチャなお芝居が思いっきりやっちゃっている、ありとあらゆるタブーに対して、それはやり過ぎなんじゃない?と言ったとしたら、私はその人に問いたいなと思います。
「このお芝居の無法さは、あなたが日常的にやっちまっているかもしれない、他者への無自覚な残酷さという無法行為を超えていますか?」と。

このお芝居は勿論、決してヒトラーを弁護しているような物ではありません。
でも同時に、ヒトラーだけが特殊な悪人だったわけでは無い事を、思い出させてくれました。


大舞台に立つマクロなモンスターの背後には、盲目な心を持つミクロなモンスターが何百何千万人もいて、友達や、恋人や、子供や、孫や、教師や、作家や、親や、隣人や、上司や、部下や、有名人や、無名人や、兄弟や、気に入らない事を書いたブロガーや、気の利かない店員や、羨望の対象や、社会の弱者や負け組の人や、社会の強者や勝ち組と判断される人など、とにかくあらゆる他者に対して、無自覚に、必要以上に、残酷な言動を日常的に繰り返しているのかもしれないのです。


ヒトラーと私たちの違いは、一体どこにあるのか。

違いがあるなんて思うのは、思い上がりなんじゃないのか。

もし自分をこんな風に思えないとしたら、あなたもマクロなモンスターの素質を持つ、ミクロなモンスターの、一員かもしれませぬよ(^^)



2016年8月9日火曜日

ヒトラー最後の20000年〜ほとんど、何もない〜

ケラリーノ・サンドロヴィッチさん脚本演出で、俳優の古田新太さん...てっきり主演だと思っていたんだけど主演は入江雅人さんだそうで(^^;;、じゃ、古田さんは参謀みたいな感じですかね、で、その、古ケラ・シリーズ第三弾"ヒトラー最後の20000年〜ほとんど、何もない〜"を観て来ました。

文字通り、ほとんどなにもありませんでした!!!!! 爆笑!!!!!

もう、本当に、気持ちの良いくらい、何もありませんでした!!!!!
何もないって、素晴らしいっすよ奥さん!!!!


テーマはヒトラー。

上演中のお芝居について書く時、やっぱネタバレしちゃダメだと思うから、お芝居からの引用はなるべく避けたいんですけれどね。

でもね私、しょっぱなに天国のヒトラーが、天国のユダヤ人たちにせっつかれて謝罪のお手紙を読むシーンでね、(すいませんこんなに書いちゃって😓)休職中ではあるけれども仮にも漫画家の私はね、本当に、本当に、こーーーーこーーーーろーーーーーかーーーーらーーーーーー、うらやましいーーーーーーーって思ったんですよ!!!
これ、描きてえーーーーーーーーーーーーーーーーーっってっっっっ!!!!!

こんなにおいしいネタ、無いっすよダンナ!!!!って思って、心が震えたね。
そしてやっぱりケラさんヒトラーが読み上げた手紙は、実に心震える、全然心のこもってない内容でね、もう、このしょっぱなのシーンから、私や、私の周りに座っていたお客さん達が、ほぼ、悲鳴みたいな絶叫で笑っていましたから。

こういう類いの笑いを思い切り楽しめるなんて、なんて贅沢な事でしょう!!
本当の贅沢って、こういう事なんじゃないでしょうか!!


三年くらい前でしたか、友達のパーカッショニスト リッチー・ガルシアが、80年代に一世を風靡したオサレ系アダルト・コンテンポラリーのシンガー クリストファー・クロスのバッキングでアメリカから来日した時に、日本に来てすぐビデオ・カメラがぶっ壊れちゃったから買いに行きたいと言って来て、秋葉原を案内した事があったんですよ。

その時に右翼さんの街宣車が街角に停まっていて、でっかい声で何かを一生懸命がなっておられたんですね。
こういう光景は都市ではしょっちゅう目にするせいで私は無意識的に意識からはずすって言うんですか、あたかも何も無いかの様に通り過ぎようとしたらリッチーがですね、あれは何かと私に尋ねたわけです。私は、ボリュームが大き過ぎて何を話しているのかよくわからなかったんですが、まあ、ある種政治的な強い主張を持っている人たちで、よくこんな風に街角でがなっているんだよ、と、やや揶揄する様な調子で答えたんです。

そしたらリッチーが、はあーーーーーっと溜め息を吐いて、そんな事を街角で堂々と出来るなんて、日本は素晴らしい国だね。。。。。と、深ーーーーいまなざしで街宣車を見ながら言ったのですよ。

リッチーは、オサレアダルトコンテンポラリーのコンサート・ツアーの前に、中東の女性シンガーのバンドでアラブ諸国を回っていたとかで、その時の経験と日本での経験が、すごいコントラストで心に刺さったらしいのです。

私はそういう目で日本という国を見た事が無かった、むしろ様々に窮屈さを感じていたため、リッチーの言葉がやけに印象深く胸に響いて、このエピソードをブログやTwitterに書くのも、何度目かになるかと思います。

その後日本にも奇妙な流れがあからさまになって来て、今の私はあの時リッチーが言った言葉をそのまんま日本に感じる事は出来なくなってはいるのですが。


しかし、本日。

ケラさんのこのお芝居を観てですね。

これが果たして、どの程度の国で上演出来るのか、とつくづく考えてしまってですね。

そういう意味では日本にはまだお江戸的なバカバカしい自由さがあって。
こういうお芝居で笑えるおおらかな気質っていうのがちゃんと生きていて。
そしてしかし、もしかしたらアウトなのかもしれない境界線超えにちゃんと挑戦してくれる作家さんが生きていて。
相当質の高い言葉遊びで、2時間強も楽しませてくれる。


贅沢だな、とつくづく感じた、どの部分がこのお芝居の贅沢さなんだろうと、明確に言葉に出来ないまま帰路の電車に乗ったのですけれど。

今、それがやっぱり、このお芝居のテーマにあると、感じるんです。

ヒトラーの事は、様々な人が様々な形で、作品にしています。
そこには重苦しい、深刻に受け止めるべき背景があるから、多くの作家さんが、もちろん本当に優れた映画やお芝居やドラマやパロディーだったりするけれども、そこにはどうしてもどこかにマナーが、問題提示が、メッセージが、行儀の良さが、真摯さが、あるわけなんですよね、そしてそれは素晴らしい事ですよ、確かにね。

だけれども。

けれども私は。

そういうマナーがどっこにも見当たらない、このケラさんのヒトラーに、心からの贅沢さを感じました。


だってさ。
もう、良識のある人たちは、わかってるんだよ。
あのチョビ髭が、何をやらかしたかを。

ドイツは何年もかけて、自国の罪を償おうと地球環境改善や色んな事で貢献しようと頑張っているし。

繰り返しちゃいけない事も、愚かさも、痛ましさも、実体験をしたわけじゃないけれども後世の人たちがそれなりに一生懸命、向き合おうとしている、そういう人たちがちゃんと沢山いると、私は思っています。

そういう前提が、私の中にはいつでもあるから、なんでかって言うと、私の仲良くしている人たちはみんなそんな風に、ちゃんと考えている人たちだからですが、そういう前提の元に、みながきちんと歴史の重みに向き合い、それに対して深いシンパシーを持っている、という前提を元になら、深刻に捉えるべき出来事を、全然深刻に捉えなくてもいい、そういう事ってあると思うんです。

歯に衣着せずに思い切りNGワードを言える世界が、成熟した良識ある社会にこそあると、私は思うのです。

世の中にはまだまだ、偏見や虐殺による心の生傷が癒えていない繊細な人たちが沢山いると思う。
けれども一方にはそうした不条理に強い心で立ち向かえる人たちがいて、酷い事を繰り返さないという意図で真っすぐに出来事を見据えて立ち向かえる強さを持つ人たちがいて、その強さを持っているからこそ、偏見や虐殺をテーマに笑える、という事も、あると思うんです。

それは決して、下卑た、偏見や虐殺を楽しむような笑いではない。
むしろその愚かさに、愚かさ以上の何の価値も見い出さない、心の高潔さから来る笑いだと、私は思います。


このお芝居が高潔なんですとかそういう事を言ってるんじゃないんですけれど、私が今夜このお芝居を観て、えも言われぬ贅沢さを感じたのは、あの出来事を、ヒトラーを、完全に踏みにじっちゃってさ、もう深刻でもなんでもなくしちゃってさ、アンネ・フランクを聖女から不思議ちゃんにしちゃってさ、それをみんなでゲラゲラ笑って観ていられる事に、この世の平安と成熟を見たからなんだと思います。

少なくとも今夜、あのお芝居を上演した日本には、それがあったんですよ、これから変って行くのかもしれないけれど。

そういう意味で私は今夜、あのまったくなんにも無いヒトラーのお芝居を観る事によって、お芝居の上演中ずうっと、人の世の最高の平和と成熟の頂点に座ってるみたいな気分になれて、だからとっても贅沢な気持ちになれたんだと思います。


ケラさん、今回も最高でした。
本当に、どうもありがとうございます。



そしてうふふ。余談ですが会場にて、私が描かせていただいたカバーを持つ古ケラ・シリーズ第2弾"奥様お尻をどうぞ"のDVDを売っている所にまた出会えました♥️
これは本当に光栄な勲章でございます。

私は実は第1弾の存在を知らずに、第2弾の劇中イラストなどをさせていただいたのですが、もしかするとこの三部作には、共通のスタイルがあるのかもしれません。

今回のお芝居にもイラストによる語りの場面があり、そしてわたくし、ちょっと申し訳無いと思っちゃったのが、グラフ画ですね。

前回の作品での夢子ちゃんも不思議ちゃんだったもので、夢子ちゃんが描いたはずの円グラフを私はわざと、子供が描いたみたいなへったくそな感じに仕上げたのですが、今回のグラフはなんかすっげーちゃんとしていて、も、もしやグラフ場面は皆さん、きちんと仕上げる物だったのではないかと、かなり冷や汗を感じてしまいました。。。。

そんな感じだったらごめんなさいすいません。
今度はちゃんとやりますから。
あ、今度は無いか泣笑。

いやー、でもほんと、申し訳なさでいっぱいです。とふぉふぉ。。

2016年7月16日土曜日

心に闇の無い女の子の出てくるドラマ
















"心の闇"と一言に言っても、言われる状況によって様々なコンテンツを持つと思う。

犯罪を伝えるニュース番組などで言われれば、それは殺人を犯してしまう程に鬱屈したストレスや痛みや怒りなどを示す深刻な心の病理だし、乙女な人が言えば退廃やアンニュイに繋がるような、ナルシシズムや文学な響きを持つものかもしれない。

後者は多分に"心の闇"の解釈に薔薇の花びらを散りばめて深刻さを還元している印象があるので、現実離れした美化である事は明らかなんだけど、いずれにしても私は、前者であれ後者であれ、誰かが"心の闇"と何かを表現する時そこに、その闇自体と真っ向から対峙し切り込む勇敢さの欠如を、いつも感じるのです。

"心の闇"という十把一絡げ的で抽象的な表現は、具体的にそこに切り込んで真っ当に解釈する事への怖れをうまく誤摩化してくれる役割を持っているなと感じるのです。
言わば、臭い物に蓋、を、ちょっとばかり文学的な、深みのありそうな言葉を選んで使ってみました、みたいな感じです。

これは、欧米ほど心理学や分析学に日常的な親和性を持たない日本という国の、独特なやり方だなと私は思います。
これは、多くの日本人がフラジルな幼い繊細さを抱えて生きている証だと私は思います。そのことの善し悪しを語る気はありませんが、ただそう感じるわけです。


で、そういう幼い繊細さと真っ向から対決するドラマがアメリカにあって、それが、"GIRLS"だと私は思うのです。

"GIRLS"は、ニューヨークに生きる若い四人の女の子の日常や生き様を追っているドラマです。でも出て来る4人の女の子は、SEX AND THE CITYみたいに洗練されていません。
社会的に全然成功していないし、いつもお金に困っていて、狭くてあんまりかっこ良く無いアパートにルームシェアして住んでいて、性格も容姿も生々しく未完成で、迷っていて傷ついていて間違っていてかなり哀れな状態で、普通に生きている子達です。


最初あまりの生々しさに観るのに抵抗を感じたのだけど、やがてすぐに虜に。
何故なら、主人公のハンナと、その恋人アダムを、とても大好きになってしまったからです。



ハンナは作家を志す22歳の女の子。
肥満気味でいつもノーメイク、いざという時にはちゃんと可愛くオシャレに、時に実にハイセンスに装える独自のセンスや美的感覚があるんだけど、そこに気負いが無いせいか、普段はあまり発揮されません。安いスーパーにいるおばちゃんみたいな格好でいつも暮らしています。

始め私は彼女の事がよくわかりませんでした。
でもドラマを観ているうちに、友達を知って行くみたいに、ハンナの事がわかるようになって来て、ある日決定的に私を魅了する行動を、彼女はとったのです。


その頃の彼女は、作家を志しているとは言え誇大な自信があるだけで具体的な行動は何も起さず、出版社で無給のインターンとして働きながら、出版社にいるんだからいつか作家として扱ってもらえるはず、という類いの楽観的な勘違いをしている状態でした
夢見る夢子さん状態です。
だから当然稼ぎも無く、大学を卒業後しばらくは親からの仕送りに頼って生きていたんだけど、大学教授である両親が彼女への教育的目的として、いきなりその仕送りを全額ストップしてしまうんですね。

あわてたハンナはインターンとして働いていた出版社で、そろそろ給料を貰えないか、自分は重要な人材なのだから、と上司に訴えるのですが、上司は、無給だから重要なのであり、金を払うならもっと才能のある人を雇うよ、と言ってにべもなく彼女を首にしてしまいます。

これは良くある価値観ですね。
素晴らしい才能ですね、という言葉の裏に、その才能にお金を払えるか払えないかがある。
これは非常に正直で大事なポイントです。
払われない場合、それはそこまでの価値しか見いだされていないという事です。
お金をくれるのかくれないのか。こんなに正直に人の心を現す定規が他にあるでしょうか。現金をくれないのは、金を払う価値無しと思われている事必至です。
雇う側にそこまでの自覚は無いかもしれませんが、実は行動に、全てが現れるのです💣。

で、それを充分にわかった上で、お金をもらわなくても、あるいはすっごく安くても、その仕事をやりたいかどうかを、自分の価値観で決めるのです。
それが大人という物です。
もう一度言いますが、お金を払われない場合、その人はあなたの才能を、お金を払うほどではない程度に、買っているのです。
どんなに褒められても錯覚してはいけません。
ここ大事よ笑。

私はつい最近ある企業からスカウトを受けたのですが、話を聞けば私には、私が自分の時間を費やして得た収入の何パーセントしか来ず、会社自体からは私に何も支払われない、という事でした。
この企業は社会貢献としてとても優れた条件を揃えており、システムも一見フェアでよく出来ているように見えますが、会社側は全く懐を痛めずに人材だけ集めるという発想は、経営者側としてはよく出来たシステムなのかもしれませんが、どこかその人材への敬意と良心が不足しているように感じられます。
経営側やサービスを受ける側にとって素晴らしくても、働く者への敬意と良心が不足している場合、結局はプロジェクト全体に敬意と良心が不足しているという事です。他者への敬意と良心が不足しているプロジェクトは、いずれ先細りになると私は信じているんです。
だから、長い面接の末に数日じっくり考えて、お断りしました。

賃金と労力のバランスという物は、そこに雇う側の良心が明確に現れるので、注意深く観察する価値のあるものだと思います。
これはがめついというのとは違います。
小さな割合でも、こちらは損せずに外から搾取する、という心根が雇う側にあると、雇われている側は意外な程疲弊するし、無意識下のストレスで心身がおかしくなったりするもんですよ。

ですので安い現場で働く事を決めた場合は、自分で選んだ、という意識が大切なのです。
そしてすぐに見切りをつける事の出来る強さも。


で、ハンナに戻りますとですね。

そんなわけで彼女は、しばらくあんまりお金の無い日々を送りました。
そんなある日、飛行機に乗って故郷に戻らねばならない出来事が起こるのですが、長期旅行の経験のあんまり無い彼女はスーツケースを持っていなくて、買うお金も無いので、それでなななんと、家庭用4L入りゴミ袋に、衣類なんかを詰めてガムテープで封印し、それを抱えてJFK空港に向かったのですよ!!!

着いた先の空港のカルーセルでそのゴミ袋を引き取り、そのままバスに乗って目的地へ。
いやーーーーー、ホレボレしました!!
これでいいんだな、と思って。
人生、こんなんでいいんだなって!!!!!


ハンナは、実に無防備で、あっけらかんとした女の子です。
ボーイフレンドのアダムが、ちょっと危険で変態っぽいセックスを要求して来ても、すぐに偏見による嫌悪感からリアクションを取らず、ふーん、と考えて場合によってはカジュアルに受け入れたりします。

私は最初、その部分がよくわからなかったのですが、ゴミ袋をスーツケース替わりにしたあたりから、ハンナの事が見えて来ました。

ハンナは、自分や世界を、心底信頼しているのです。

私が遠出をする場合、しっかりしたスーツケースや様々な場合に応じた衣類や持ち物等つまりそういう、ある意味充分で完璧で周到な準備をしようと努める心の裏には、防衛心があります。
見知らぬ旅先を何パーセントか信頼していない不安が原動力になって、余分な物まで持参するという事が割とあるんです。

それは当たり前だし持ってて悪く無い習慣だというのもわかるのですが、私はハンナみたいな人に、すごくホレボレするんですね。

ハンナがアダムみたいな、一見変人で危なそうな彼氏に、非常に無防備に自分をさらけ出せるのも、ゴミ袋に荷物詰めて旅行に行けるのも、無給だから雇ってくれてたあからさまな上司に給料を払えと堂々と言えるのも、全て彼女が、自分の対峙している世界が安全な場であると、信頼しているから出来る事なんですね。

これは鈍感さとは違います。
彼女は本当に、健全なのです。

GIRLSでは、出て来る様々な人たちの会話の中に、この健全さがすごく強く流れています。

"心の闇"を、絵の中の餅みたいに扱わず、掴んで観察して分析して味わい尽くす健全さが、そこにはあるんです。

特に、一見危なそうなキャラとして独特な存在感を見せるハンナの恋人アダム。
この人は、非常に素敵です。

言動にアウトローで反社会的な印象があるので、一見破壊的で危険なタイプに見えるのですが、徐々に彼が、社会のルールではなく、彼自身の良心に準じて生きているのだと言う事がわかって来ます。
その良心は、社会のルールなんて遥かに超えた良識と愛とシンパシーに満ちていて、そのピュアさにまたホレボレするんですよ。


ハンナが、自分を認めてくれた編集者と発展的な仕事を始めた矢先に、その編集者が河で水死体で見つかるというエピがあるんですが、自分のキャリアの先行きを正直に不安がるハンナに、思いっきり引いて、たまげて、ダメージ受けて驚愕してたのがアダムだったってのも、すっごく面白かったです。

それでもアダムは、そんなハンナのヒトデナシぶりに思いっきり引きつつも、ハンナの事情を思いやりある想像力で理解しようと勤め、優しく寄り添うんですね。

あー、ハンナはほんと、あんな彼氏に愛されて幸せ者だよ。

色んなドラマや映画でカップルを観ていて、私が心底羨ましいと思った、テレビ版"大草原の小さな家"のチャールズ以来の逸材アダム。

まさか半世紀後にまたこんな思いになれるなんて、非常に意外です。笑。

人の心の闇を手づかみで取り出してあっけらかんと解きほぐし、太陽の下で日干ししてしまうようなドラマGIRLSを観ていると、"心の闇"への、腰の引けた臆病さや腫れ物を扱うみたいな慎重さや深刻さ、しいては畏怖、などという態度が、実に古くさくバカバカしく思えます。

こんな人たちとのこんな日常が自分にもあったら、本当に生きやすいなと感じるんです。


アダム

2016年7月6日水曜日

2016年上半期を終えて

2016年も上半期が終了して、もう7月だ。

今年は、新年早々大切な友達の訃報が、同時期に続けて2件もあって、前半はそれで持って行かれた感じだ。

私にはアメリカに、二重の色濃い人間関係がある。

ひとつは、古くから続くポーの一族みたいなやつで)爆、もうひとつは、学校関連で培ったクラスメイトを中心とした友達の輪である。

両方共中心地がコロラドなので、この二重螺旋が交わらないのが不思議な感じなのだが、そこにはくっきりとした境界線があり、何故か絶対に交わらないのである。
奇妙なもんだね。

今年早々に亡くなったのは、二人共いにしえからあるポーの一族の方の友人で、それはやはり私とはポーなので、非常に悲しく無念であった。

ひとりひとりとの関係も深く大切であるが、集い、という形で与えられる滋養がある。
全員が同じ空間を分かち合う事で生まれる、暖かい空気感。
ひとりも欠けていない、その部屋の中にいる、という事だけで生まれる、なんとも言えない充足された気持ち。

実のところ誰かが死んだところでーこれは決して、喪失感を紛らわす為の幻想では無いのだがー死によってむしろ近しく感じられる人の存在というものがあることを何回か経験しているから、そんなに深刻な喪失感を覚えているわけではないのだけれど、更新されない情報というもの、例えばその人との会話で交わされる新しいジョークだとか、そんな物が無い事で、いやおうもなく不在を感じる事が、あるものだなあと思う。


今年亡くなった友人のひとりは、何度か私のエッセイ漫画にも登場していただいた、アリゾナのお爺さん、である。

86歳でまだピンピンしていたのだけれど、突然倒れ、回復と危機を繰り返した後、遂に天国に行ってしまった。


爺さんとは、ポーのパーティーで知り合った。
本当に、本当にもう大昔の事である。

ハンサムで背が高く、非常に仕立ての良い服を着ていて、一目でセレブリティだとわかる感じだった。(今思えばあの頃爺さんはまだ、60代だったのだな。)

友達とガヤガヤ喋っている時に視線を感じたから振り返ったら、暖炉の前に座ってくつろいでいた爺さんがこちらを見ていたのだった。

爺さんは、微笑んだ眼差しで私を見ながら、おいでおいでをした。

初対面の私に対して自分から寄って来ず、私を招いた時点で、爺さんの印象は決して良くはなかった。つうかはっきり言って悪かった。

でもその時私と喋っていた、私がポーの中でも最も大切に思っている夫妻が爺さんに手を振ったから、そ、そうか、その夫妻と友達なのか、じゃ、じゃあ、まあ、行ってやるか、と思って私は爺さんの前まで行って、促されるままに隣のソファに座ったのだ。

しかし偶然にも私はその時 現役の漫画家で、爺さんは漫画家デビューしたい出版界の大物だった。出版界の大物ならさっさとデビューすればいいのだが、厳しいまなざしで人の著作物を扱っている手前、自分の才能不満足を甘やかすわけに行かないと言うジレンマに、爺さんは悩んでいたのである。

爺さんは私が現役漫画家だと知って手招きしたわけではないのだが、私が漫画家だと知ると目がキラキラしちゃって、その場で私にイラストを描かせ、自分が持っているアイディアを得々と語り始めた。

そして私ははっきり言って憂鬱だった。
だってそのアイディアは、決して「クール!」って思えるような物じゃなかったから。
自分が出版界の大物で、自分でも本を何冊も出していて、その内のひとつがディスカバリー・チャンネルで映像化される等の実績もあるのに、漫画家のひとりも動かせないその事情は、そのアイディアを見れば明らかってものだったのである。

色々あって私たちは仲良くなったけれど、その漫画のアイディアはいつの間にか消えた。
私にはそれを形に出来る創造力は無かった。
爺さんが亡くなった時、その事が、とても私を悲しませた。
なんとか形にして、なんとか商品にしようとしてふたりでコケたりした方が、何もしないよりずっと良かったし楽しかった。

だけど私はほんの昨年始めまで、実際のところ蚕の中にいる幼虫期みたいな時代にいて、創作するモードにはいなかったんだよ。これは本当にそうなのだ。自分にはそれがわかっているから、だから後悔は無い。
それ以前に何かをやったとしても、たいした物は作れなかったと思う。

もちろん人生という物は、特に人間を取り巻く人生の形は、そういった個別の生物学的な成長の時期を無視した形で全て営まれる。営まないとお金が入って来なくてご飯が食べられなくなったりするから、無理矢理にでも何か生み出して生きてゆくのだ。そんな中で漫画の〆切に追われる私に、爺さんの漫画を具現化する筋力は無かった。

幸いな事に、爺さんは偉大な経歴の持ち主だから、私が爺さん原作の漫画を描かなかった事は、爺さんにとってそんなに大きな悲しみではない。

ケネディ大統領のスピーチ・ライターだった爺さんは、ケネディの死後もホワイトハウスで研鑽を重ね、色んな大物のスピーチに携わったり、PRの仕事で無名の人を歴史に残る大物に仕立て上げたり、その内の何人かは黒歴史だと悪態をついてみたり、小説を書いてドラマ化したり、シンガーソングライターになってちょっと恥をかいてみたりと、まさに輝かしくて楽しい人生を送った人なのだ。
だから爺さんにとって、私が漫画を描かなかったことくらいなんてことは無い。


だけどね。
今年の私には、筋力がある。
爺さんや、爺さんの友達や、あとその他、私と色々創作話をして沢山色んな約束をした、色んなある事を、具現化する筋力が。

15年間ばかり入っていたコクーンから出て、ようやく羽根が乾いて来た今の私なら、爺さんの元ネタが面白くなくたってなんだって、それを面白く仕立てる底力がある。

そして今年は、豊富に時間もあるのだ。


私はこの夏から、そういう約束を全て具現化する事に時間を使おうと思う。

もう悲しい思いをしないように、手遅れにならないように、全てを具現化するのだ。

爺さん、ビル、マルコム、○○さん、○○さん、そして○○さん、遂に私は、具現化するよ。

長い間待っていてくれて、ありがとう!!

今の私なら、ろくでもなくない物を、仕上げられるよ。
今の私じゃない時に仕上げても、ろくでもなかったと思うから、待たせたのは許してね。

じゃあそういう事で。

爺さんへの追悼ブログは、いつか改めて、写真満載で書こう。

今日は私の、決意表明でした。

2016年4月22日金曜日

立ち止まらない男

ボブ・ディランは本当に立ち止まらない男だよ。

初来日から何回か、年数を開けてだけど何回もコンサートに行っているけれど、毎回毎回新鮮で、過去という物を全く引きずってない。

そして今回はなんというか致命的に、と言うとネガティブな印象になっちゃうかもしれないけれど、とにかく今までのレベルを遥かに超えた別人ぶりだったんだよね。

まあ私の主観だけどね。


ボブ・ディランは私の親くらいの年なので、もちろん私はデビュー当時から彼を知っているわけではない。私が彼に夢中になったのは、"Hard Rain"というアルバムを出した頃で、その頃の彼は、もうフォークソングのディランて感じじゃなかった。
その頃の彼はサイケで先鋭的なアーティストで、"レナルドとクララ"なんていう実験的な映画を創ったりしていた。

ディランは常に変り続ける男なので、その時代のその表現をもすぐに脱皮した。だから私ももう彼を追わなくなった。というか、CDを買わなくなった。

でも日本に来るとちゃんと気にしていたし、時々コンサートにも行って、毎回のそのあまりの素晴らしさに、ボブ・ディランていうのは唯一無二の怪物で、唄ってる歌が好きなタイプだとか嫌いなタイプだとかそういうんじゃなくて、火山みたいにそこにいて、火を噴いてると誰もが圧倒されて眺めてしまうような、そんな存在なんだなといつも感嘆していた。

そしてどんなに彼が変っても、私の中にはいつも同じ、普遍的な彼の印象があった。

それは、抽象的だ、ということだ。

私がディランを好きになった頃、私はシュールレアリズムにハマっていた。
前にブログに書いた幼なじみのアーティスト友達のルナがダリを中二病っぽいと言うんだけど、まさに中学生になった頃に私はダリのファンになった)笑。

それもあって記憶の中のボブ・ディランとシュールレアリズムが結びついてしまう部分もあるのだが、ボブ・ディランはシュールというよりいつも私にとっては抽象絵画だったのだ。

まるでただの粒子の光る粒の様に、そこにいるディラン。

彼のコンサートに行くと、声がまるで光のシャワーの様に感じられて、とにかくあんまりヒトの温度を感じないのである。唄う表現が変っても、ディランはいつも抽象的にそこにいて、Hard Rainの頃は派手なサイケな色彩を放つ粒子だったのが、年を得る毎にどんどん白とか銀とか透明になって行って、とにかくそんな感じがすっごく好きだった。

目の前にいても会話が通じない感じ。

言葉が通じないから点描で会話するみたいな(なんだそりゃ)。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、私はボブ・ディランに会った事があるんです。
直接会ったその時も、やっぱり抽象的な、点描な感じだった。

白い肌に澄んだ大きな水色の目が印象的で、ものすごく優しく微笑んで暖かく接してくれるのだけれど、情的暑苦しさの全く無い、存在そのものが涼やかな、ミロの絵みたいな人だった。


しかし。

今夜観て来た、文化村オーチャード・ホールでのディランは〜。。。。

私は初めて、具象絵画のボブ・ディランを観た、と感じたのです。

今夜のようなボブ・ディランとなら、なんだか居酒屋で酒とか飲みながら話し込めそうです。

なんというか、何年もずうっと霞を食べて生きてきた人が、急に人界の物を食べに降りて来た様な。


それは彼が"枯れ葉"やフランク・シナトラのラブソングを、素晴らしい表現力で歌い上げたせいかもしれないし、何度と無くステージの上でおどけた仕草をしたり、アンプの影でストレッチしたり、日本語で挨拶したりしたせいかもしれません。

とにかく今夜の彼は、もう完全に、私の知ってるボブ・ディランじゃありませんでした。

だけどやっぱり、素晴らしかった。

どういうわけか、私が彼のファンになった当時から、ボブ・ディランは歌が下手だ、みたいな評価がありました。
でも私はそれに、一度も同意した事はありません。

ディランの声は素晴らしく安定した深さと美しさと表現力があると、ずっと思っていた。

そして今夜それが、本当に際立って証明された感じです。

今夜のディランはギターを持たず、唄う事に徹していました。

時々素敵なピアノ演奏で弾き語りを聴かせてくれたけれど、殆どの時間は立って、そしてただ唄っていました。

その声はハスキーだけど澄み切っていて、伸びやかで力強くて、深くて表現力の豊かさに満ち満ちていて、"枯れ葉"なんて、歌詞のひとつひとつが、心に深ーーーーーーーく突き刺さって来て、まるで映画を観ているようでした。

今夜のボブ・ディランは吟遊詩人ではなく、歌手でした。

抽象絵画ではなく、瑞々しい風景画でした。

今までのボブ・ディランは徹底的に消えてしまったけれど、私には第二期ボブ・ディラン・ファン時代が始まったような気がする。

彼の歌い上げる、抽象的でも反抗的でもシュールレアリズムでもダダイズムでもない、普通のラブ・ソングやバラードをもっと聴きたい。

彼のあの、仙人みたいな響きの深い声で歌い上げられる普通の歌の、なんと素晴らしい事よ。

歌詞のすごさや楽曲アレンジの複雑さに気を取られ、というか、とにかく今までのディランの音楽はね、あの素晴らしい歌声に中々集中できないくらい沢山の聞き逃せない情報を抱え込んでいたんですよ。

だけどディランが"枯れ葉"を唄うとなれば、こっちは完全に歌声に酔いしれる事が出来るというわけ。

今後しばらく私はディランの作った、アメリカン・クラシック・カバー集CDを買って、あの、世界の宝の様な歌声に酔いしれるとしよう。

なんと贅沢な楽しみ!! を、今更くれてありがとう。

ああ、あと今夜もうひとつ素晴らしかったのは、ピアノの弾き語りでの、"風に吹かれて"でした。

ボブ・ディラン本人の唄う"風に吹かれて"を今更また生で聴けるなんて、カザルスの演奏する"鳥の歌"を生で聴いた時以来の感無量。

とにかく私は、またディランを追っかけるよ。
だから今夜は、終わりで始まりの夜でした。

ボブ・ディラン。
恐ろしい人。

2016年3月10日木曜日

NODA・MAP 逆鱗


少年王者舘との公演の際に舞台でご一緒させていただいた俳優の織田圭祐さんが出演されているので、初めて野田秀樹さんのお芝居を観てきました。

タイトルは"逆鱗"。

お芝居前半はポップなギャグの応酬が大変面白く、野田さんは無邪気だし俳優さん達も皆さんニッコニコしながらお芝居されているので、なんだこりゃみんな遊んでるだけなんじゃないのか面白いけど、みたいな感じでした。


魚座の逸話が出て来たり(オレが魚座)、人魚の鱗”逆鱗”が青白く光る鱗だったり(最近オレが書いたお話の鍵が青く光る鱗)と、個人的にもなんだかツボにはまるお芝居だなとか思いながら、しかも織田君の取ってくれた席が前から三番目の真ん中というかぶりつきだったから、にぎやかな衣装や舞台の仕掛けや愉快な言葉の応酬を思い切り堪能していました。


だけどお芝居後半になって、ようやくこのお話のコアが現れ始めて、私は本当に心が苦しかった。



上演中のお芝居の内容についてはあんまり詳しく書かない方がいいんだろうから、あんまり詳しくは書かないけれど。


たまに人と話していて、まあ例えば相手がバスの車掌さんだとか駅員さんだとか店員さんだとか上司だとか親だとか先生だとか生徒だとか近所のおじさんだとか、まあ相手は誰でもいいんだけど、話の道理や融通が、相手に全然通じないっていう体験て、無いですか?

例えば私は最近アメリカの、朝食ブッフェのあるホテルで、時間を間違えてブッフェの始まる30分も前にレストランに降りていってしまったのだけど、ホテルの人が私のいるのを見つけて、すぐに中に入れてくれて既に準備の出来ていたコーヒーを、さっと持って来てくれたんです。食べ物も急いで準備するからそれ飲んで待っててね、って言って。

こういう臨機応変な対応は、アメリカではよく経験するし自然な事だと思うのですが、ホテルによっては断固として、時間まで客を中に入れない、って態度の所もありますよね。

私は、そのホテルのポリシーや個性を尊重したいからそういう事があっても不愉快だとは勿論思わないのだけど、もしその態度が、ホテルなりのポリシーや理にかなった方針に乗っ取った物では無く、単に思考停止なだけだったら、それはダメじゃん、と思うのです。

例えばすごく美意識の高いホテルで、ブッフェ全体の美しいディスプレイをお客に楽しんで欲しいから、決まった時間が来るまでは客を中に入れないとか、そういう事ならいいんだけど、もしもお客を待たせるのが、「ルールだから」という以上の理由が無いのだとしたら、それは問題だと思うわけです。

だけど、こういう思考停止な感じの価値観から動かない人に対して私は、割に何も言わず、さくっとあきらめて過ごして来たというか、ああ、言ってもわからないよな、ってな感じではいはいわかりましたよ、と、自分が引く形でやり過ごして来たんです。


だけど私、”逆鱗”を見て、それじゃダメなのかもしれないと思いました。

私たちは、思考停止に陥っている人に対して、ちゃんとしつこく文句を言わなきゃならないし、もし自分が思考停止に陥っていたら、誰かに文句を言ってもらわなきゃならないと、思ったんです。


戦争中、厳しい軍隊の規則の中にあって、それでも心を失わないでいられた上官が、部下に特攻を免除した例があったと知りました。

だけどそれは、極めて特殊なケースだったんだと思う。

多くはルールの中で臨機応変さや叡智を見失い、思考停止状態で無駄な犠牲を部下に強いた上官により、失う必要の無かった命を失った人たちが、沢山いたんだと思う。

"逆鱗"の中で交わされた、本当の、理にかなった声と、それを殺し上辺だけで交わされる思考停止な言葉のやり取りが、そこに人の命がかかっているだけに、本当に口惜しかった。

いざという時に、誰もが心を失わないでいられるようになる為には、心を失っている時の自分や他人に、普段からちゃんと、きちんと文句を言って、その事をわからせてあげないとダメなんだと、そうしないといざという時に本当に、ルールや、世間一般の常識、なんかを重んじるあまり命を犠牲にするような、そんな愚かな行為を人や自分に強いる事になってしまうんだと、私は本当に感じたのです。


プロトコルの中で盲目になった、その盲目さによって実行された特攻で失われてしまった沢山の若者の命が、今日ほど重い現実として心に迫って来た事は、今まで無かった。

ひとりの命の重さ、完全に直視された死という現実、誰かの誤った言動や価値観への寛大さや諦めが引き起こす深刻な過ち、そういった物全てが日常的に見過ごされている事から、何万人もの善良な命が、犠牲になってしまう事があるのだ。


"逆鱗"のお芝居が終わり、カーテンコールで自分がステージに拍手を始めた瞬間、あれ?という奇妙な時空の揺らぎを感じた。

ステージにいるのは今演技を終えたばかりの俳優さん達なんだけど、私はそれを通り越して、まるで特攻で命を失った若者達に拍手を送っている様な錯覚に陥ったのだ。

その拍手は、お国の為に率先して死を迎えた事への拍手なのではない。

それは、ただただ過酷な運命に散ったその滅私の命への、称賛と敬意と謝罪の入り交じった、その命そのものへの、深い喝采だった。

お芝居が終わってから起こったその不思議な、でも圧倒的な感覚は、自分自身の心の昇華にとても役に立った。


思い出したのは、311の直後にケラリーノ・サンドロヴィッチさん脚本演出の舞台”奥様お尻をどうぞ"に、劇中&ポスターのイラストで関わらせていただいた時の事だ。

あの時も、原発などへの昇華出来ない想いの中で窒息しそうになっていた時に、痛烈なコメディで思いっきり原発をいじったあのお芝居に、救われたのだ。


芸術は、魂を助ける。


私は今夜、あの劇場で拍手を送る役割を与えてもらった事に、本当に感謝しています。

ありがとう、逆鱗。


余談だけど、劇場で偶然、ひさしぶりに萩尾望都先生にお会い出来ておしゃべりできたのも、大きな贈り物だったな♡