2015年10月21日水曜日

甲虫の教え


アメリカ ペンシルヴァニア州ユニオンヴィルという村の近くの山荘にいる。

昔の仲間を集めて、黒魔術降霊会を開く為だ(嘘)。

人里離れた湿っぽい森の中、近くにはアーミッシュの村があるという絶妙なロケーション。

私はアーミッシュに偏見は全く無く、むしろ昔から一度は訪れたいと思っていたのだけど、アメリカのホラー映画なんかだとよく、その村をモデルに怪奇な事件が様々に起こったりしますね。
アーミッシュの村の前で車がエンコして、仕方無く一夜の宿をお願いするけど、なんだか奇妙な村人の様子にまんじりともせず夜が明け、いざ一刻も早くそこを離れようとすると、車も無いし出口も無い、キャー!みたいな。

さてそういう感じの場所ですが、明るく乾燥したコロラドからの対比で、東海岸の鬱蒼とした湿気を含んだ森は、余計に背景に(恐ろしい)物語があるように感じるのでしょうが、私や女子の友人らが泊まっている結構可愛らしい山荘のある丘の麓にあるもう一軒の、男子友達らが泊まっている方の山荘は、150年の歴史を持つマジ迫力ある一軒家。

寝ていたら何かが顔に触れるのでがばっと起きたら、蝙蝠たちがぶんぶん部屋の中を飛んでいて、自分の顔の前を通り過ぎる時に羽根があたっていたんでしたと、ディナーの時に友人が話してくれました。

ところでこの宿に、みんなより一足先に着いたわたくし。
クイーンサイズのベッドがふたつある比較的小さな部屋は、友人のRとWが使うって言ってたから、私は別の友人、CとLと三人で、広ーい部屋にシングルベッドが三つ置いてある部屋に泊まることになっていました。

さて自分のベッドを選ぶにあたり、ふたつのベッドは通常のホテルのように、スタンドなんかが置いてあるテーブルを挟んで、枕側が壁に接する形で置いてあり、三つ目のは明らかにエキストラ・ベッドで、それはふたつのベッドの並んでいる反対側の壁に面して、ふたつのベッドとは直角の位置に、枕側を窓に接する形で置いてありました。

広い部屋なのでそれぞれのベッドとベッドの間にかなりのスペースがあり、どのベッドを選んでも快適に寝泊まり出来る感じでしたが、私は、ふたつ並んでいるベッドの窓際じゃない壁、バスルームに接した壁に置いてある方か、枕側が窓に接しているエキストラ・ベッドの方がいいかを真剣に悩みました。
なんたってこれから7泊もするんですからねここに。真剣な選択です。

で、さんざん悩んだ挙げ句、窓に接しているエキストラ・ベッドを選び、そこで荷解きをして優雅に風呂に入ってから、早めに着いた友人らと夕食を済まし、夜遅く着くというふたりのルームメイトを部屋で待っていました。

すると。

私の選んだベッドの壁に、大きな昆虫が現れたではありませぬか。
Gではないのですが、まあ黄金虫の様な甲虫です。
窓に近いから、窓から入って来てそこを歩いていたのでしょう。

昆虫ってやつは、なんであんなに物怖じせず、どこもかしこも自分の家みたいにズンズン入ってくるのでしょうね。壁や床だけならともかく、時には私の腕や脚や頭にいたりしますからね。人の事を、壁や床や樹木や葉っぱや泥と同じだと思ってるんでしょうか。


という事があり。

私は這々の体で荷物をまとめ、とてもこの、窓に近いベッドにはいられないよ、だって虫が二万匹責めて来るんだもの!と半ばヒステリーを起こしつつ、まだ到着していないルームメイトに心の中で心底謝りながら、始めに迷っていたもう一個の、バスルームに面した壁に接して置いてあるベッドの方に移動しました。

するとほどなくして、残りの二人の友人が到着しました。

ドアを開けるなりふたりの内のひとりは、わー、素敵ー!と言いつつ、真っすぐに私が見放した方のベッドに向かってゆきました。
窓に面して置いてあるなんてニートじゃない?私こういう配置大好き!と言って。

そしてもうひとりの友人は、やはり真っすぐに、私の眼中には全く無かった、ふたつ並んでいるベッドの窓際の方のベッドに歩いてゆき、私、寒がりだからヒーターのそばのベッドじゃないとダメ、と言いました。そう、窓際にはヒーターが置いてあり、そのベッドはヒーターに面して置いてあったのです。

そして二人は私を眺め、「サラ、そこで本当にいいの?」とあたかも可哀想に、とでも言いたげな表情で聞きました。
私は、自分が虫が怖くて移動した事等を話し、なんだか完璧ね、なんて言われて、なんだか完璧なベッド選びの結果となったのでございます。

ありがとうユング。

いえね、十代の頃ユングにはまって彼の本を読みあさったのですが、彼は甲虫に特別な意味を感じていて、まあ詳しく書けば、甲虫は変容の象徴であり、彼の元に通っていた、治癒を拒む頑固な患者さんが、窓の外に偶然現れた甲虫の存在に気付く事によって自分の変化を受け入れたとかなんとかそういう内容だったのですが、その話がいつも心に残っている私は、甲虫を見る度に、なんとなく特別な意図を感じる様になっているわけです。

そんな私の元に現れた甲虫のおかげで、私は三人全員にとって正しいベッドを選べたというわけなですね。うまく出来てるもんですよ。

ま、あのタイミングなら、現れたのが甲虫だろうがムカデだろうが羽虫だろうがお化けだろうが、私はベッドを移動したけどね。

そんな、この山荘初日の夜なのでした。

私が逃げた方のベッド


私の眼中には無かった方のベッド