2015年12月24日木曜日

夜の森博物誌ー冊子完成

皆様、メリークリスマス!!

12月22日に、遂に”夜の森博物誌"の冊子が出来上がってまいりました。

これは、友人の営むユニークなアート雑貨店”ニヒル牛2"で今年5月にさせていただいた個展の、カタログ兼用物語絵本です。

ニヒル牛2との付き合いは、開店当時から10年に渡りますが、スペースをいただいておきながら、私は殆ど作品を置かず売らず、ただいたずらに日々が過ぎて行っていました。



しかし今年ニヒル牛2が、建物の老朽化が原因で大晦日をもって閉店すると知り、この10年間ただ漠然と、稀に頭に去来していた、あのスペースでこんな物を売りたい、やってみたい、という想いを、全て今年中に実行に移さねばならなくなったのです。

やりたい事を先延ばしにしていた事への報いを、期せずしてニヒル牛2が教えてくれたという始末です。

さて、かくして私は、突然今年からニヒル牛2にて、様々な物を創っては販売し創っては販売しを繰り返し、おかげさまで私の"箱"は以前の様な凪状態から脱する事が出来ました。

そして最終目標と掲げていたニヒル牛2での個展を、店主のあるくんに相談したのは、ギャラリー空間でのイベント・スケジュールがほぼ埋まってしまっていた、今年の1月だったのです。

気持ち的には、2015年11月くらいに出来たらいいなーと思っていたニヒル牛2での個展ですが、そんな事情から5月開催と決まり、それでもなんとかねじ込んでくれたお店には、本当に感謝しています。

しかしながら、2015年前半の私のスケジュールは怒濤を極め、しかも、個展をさせて!と申し出た物の、何を飾りたいのかも決まっていなかった私には、その後悶絶の苦悩が待っていました。

始めは、ニヒル牛2で販売させていただいていたウサギや鳥のイラストを入れた小物の展示にしようと思っており、ウサギ店長と名付けたファンタジックなデカ人形まで創って、なんとなくうまく行く様な気になっていたのですが、徐々に違う様な気がして来て却下。

私に却下されたウサギ店長

その後まっさらな状態になってしまった個展のアイディアを、どうしようどうしようと悩み続けた挙げ句、なんと個展開催の5月に突入してしまったではありませんか!!!
しかも5月は最初の10日間は長野に籠って知人の為、通訳手伝いをする予定が入っていました。
個展は22日からで、ゼロから何か創らねばならないわけで、これはもう、人類史上最大のピンチです。

そんな状態なのでお店も全く私の個展について告知していませんでしたから、もうその頃には、「やめてしまうのも手、ニヒル牛2最後の年に、念願の個展を申し入れたものの、時間もアイディアも無いままに中止した、という臆病者のろくでなし認定を、一生引き摺って生きてゆくのも一笑、いいんじゃね?もうそれで」とやさぐれた諦めモードが、強く私の心を支配し始めました。

そんな時です。

頭の奥で突然、「夜の森博物誌」という声が聞こえたのは。

むむ?と思ってその声の方向に耳を澄ますと、そこには自然史学者ギュスタフ・アーレと名乗る痩せぎすで背の高いおじさんがいて、そのおじさんは、長年憧れていた、"フォレト・ヌ"という名の伝説の森を目指していました。

絵画の個展にするには時間があまりに無くて、クオリティに期待が持てません。
だけど、もしも展示されている絵を描いたのが絵描きを自称する私ではなく、自然史学者さんなら、そんなに上手じゃなくていいんじゃね?
そんな卑怯な考えが、遂に実現した、"夜の森博物誌〜自然史学者ギュスタフ・アーレの手記"、という展示になりました。

そして私はなんとか個展前日に、ギュスタフ・アーレが森で描いた(という設定の)油彩画と色鉛筆でのスケッチと、アーレの娘ノラが描いた(という設定の)ちょっと風合いの違う森の絵数点と、道で拾った伐採直後の木の枝をごっそりニヒル牛2に持ち込んで展示を済ませ、今年1月から始まった苦悩の結末を、遂に見たのでした。

苦悩の結末

そんなわけで、その後しばらく廃人状態となり、本来なら来ていただいたお客様にその場でご覧いただきたかった"夜の森博物誌"の物語を綴った冊子が、うーーーーーーーーんと後回しになってしまったことを、大変深くお詫び申し上げます。

この、始めはただの通りすがりだった夜の森が、個展終了後も私の頭に大量の情報と風景を送り続けている為、一体どうやってまとめたらいいのかわからなくなってしまったという事情も重なり、個展後7ヶ月も経過しての仕上がりになってしまいました。

今回お届けする冊子は物語の重要な導入部です。
現在、そこに続く壮大な森の話を、ふとした折りに書き続けていますので、そちらもいつか、お届け出来る時が来ればいいなと思っています。

そんなわけで、思わず懐古してしまったいいわけがましい私のジタバタ物語と目の前にある仕上がった夜の森の冊子を見比べてしみじみと安堵しつつも、ご予約いただいた皆様とニヒル牛様には、大変大変深くお詫び申し上げます。

ところで、物語を読んでいただくとわかるのですが、最近私が焼いている大量の鳥型の皿は、夜の森に棲むクラルハイトという鳥を象っている物であり、その焼き物はお話の中にも登場します。

こんな風に夜の森は、三次元の空間にまでその領域を広げているのです。

私は何を自分でするという事も特にしないままに、今後は自然に広がってゆく夜の森の気配を、ゆっくりと楽しもうと思っています。

2015年12月7日月曜日

12/12(土)にecoな大安売りを開催!

通常3780円のNKUKUの大トレーが半額以下!
12月12日土曜日正午から、もうすぐ閉店してしまう西荻窪のアート雑貨店ニヒル牛2の一部をお借りして、またバーゲンを開催します。

今回の売り物も、主にピープル・ツリーなどフェア・トレード製品を扱っているブランドの物が並びます。

前回大好評ですぐに売り切れてしまったNKUKUのハンドペイント製品や、防虫効果があると言われているモーラス草の根で創られたクリスマス・ツリーや果物の形の飾り物、やはり防虫効果のあるハーブで創られたキャンドル各種他、炭石鹸、トナカイや花を象ったモビールなどなど、クリスマス色の物も多数。

前回目玉だったドイツの自然派洗剤ソネット製品は、今回はよりお得な形でご入手出来るかもです。

全ての商品が、通常販売価格の半額以下での大バーゲンです。

前回のバーゲンについて→バーゲン@ニヒル牛2
ニヒル牛2:杉並区西荻北3−26−5 ☎︎ 03-6765-2286



建物の老朽化が原因で、12月31日をもって閉店してしまうニヒル牛2を、この機会に是非体験を!現在は段ボール・アートの圧倒される展示を開催中ですし、私が創っている小鳥の小皿の新作も、いっぱい置いてありますよ(^^;えへへ。

これはバーゲンにはならないけれど。。



小鳥小皿"黒い子たち"。12日には"白い子たち""薔薇柄子たち""青い子たち"も納品されます。

2015年11月14日土曜日

Peace for Paris

 金曜日が終わり、土曜日が来て、明日は日曜日だ。

パリにも同じように、土曜日が来て、日曜日が来る。

突然親しい人を失った時、本当の悲しみと苦しみが来たのは、強烈な体験の瞬間が過ぎ去り、日常の風景が戻って来た時だった。

いつもと同じように始まるはずの日曜日が、もう永遠に失われてしまったという焼け付くような実感が、全身を切り裂く様な痛みに感じられたのだ。

こういう経験を持つと、こんな体験、誰にもして欲しくないと思う。
誰もが自然に、そう感じる物だと思っている。自然な環境に生きていれば。

人間は、生き物だ。
だから、生きる、というどうしようもない本能と共に生きている。
そして、生かす、というどうしようもない本能と共にも。

目の前で誰かが溺れていると、後先考えずに、飛び込もう、という衝動が身体を走る。
それを実行に移すかどうかは別として、誰かが目の前で危機に直面していると、身体と心は、助けに向かう、というどうしようもない衝動に、突き動かされる。

それが本能だからだ。

でも、金曜日にパリで起こった事は、それとは真逆の事だった。

自爆することで、他者の命も奪う。

生きるという本能も、生かすという本能も、機能しないまま、それが起こった。

こんなにも人を狂わせるものは、一体何なのか。

人間は、いつ自然界の一員である遺伝子を、失ってしまったのか。


人間の寿命は、せいぜい100年とか、長くても150年くらいだ。

その内の20年間くらいは、先進国なら、まだ子供時代とも言える。

子供時代を終えて、例えば残り80年くらい程度の短い時を、お金や地位や思想やアイデンティティなんかをなんとかする為に生きるのって、一体どういうことなんだろう。

なんでそんな事になってしまう人が、この世にいてしまうのか。

こんなに美しい惑星に生まれ、気持ちのよい風や空や樹々に囲まれ、きれいな声でさえずる鳥や、愛くるしい姿の動物に囲まれ、夜には星が、朝には日の出が、心に光を運んでくれるのに。

その光を感じなくなってしまう心は、一体どんな風に育まれてしまうのか。

私は臨床心理学の経験的学びをアメリカで沢山したし、今もそれに関わっているから、様々な人間の心の仕組みに向き合っていて、だからそれに基づいていろんな事はいくらでも言える。
なんなら、それはこんな風にすれば変れるんだよ、という方法も、提示出来るかもしれない。
そして例えばそれが、ものすごく効果のある方法だったとしても。

そこに辿り着ける人が少なければ、それは何の役にも立たない。

世界には、そんな洗練された心理療法や、それどころかより基本的な、身体の健康を保持する為のシンプルな医療やケアにさえ、到達出来ない人が、沢山いるのだ。

生まれた時から爆音や銃声にさらされ、幼い繊細な心で、愛する人の無惨な姿をまのあたりにしたり、置き去りにされて路頭に迷ったり、食べ物を探して彷徨い歩かねばならない生活をしている人たちが、沢山いる。

そんな子供たちがどうやって、健全な、他者や自己を敬い尊重し生かし合う心を、維持出来るというのか。


先進国に生きる人間、先進国に生きて、生きてゆくだけのお金に恵まれ、食べ物に不自由せず、愛情を交わし合うだけのゆとりある平和の中に生きている人の義務は、そういった環境に生きている人々に、武器を与える事ではない。

ぎりぎりの瀬戸際で生きなくても済んでいる多くのゆとりある人たちがするべきことは、政治的な利権を確保したり、武器を売ったり、自分の自尊心を保つ為に他者を迫害することなんかではないはずだ。


政治を司る人たちを含む世界中の、ゆとりある人生を送っている全ての人たちが、もっと違う方向に矛先を定めたやり方を今すぐに始めれば、食べ物と、抱き上げてくれる暖かい手を求めてよちよち歩く子供達全てに、星や朝陽の光の差し込める健全な心を、失わないでいられるような生育環境を、与えてあげられるかもしれない。


そんな方向転換が全世界で起こる、そんな奇跡を今は、本気で祈りたい。

愛情と食べ物が世界中に循環し、世界中の隅々にまで染み渡り、飢えや孤独や爆音の恐怖に泣く子供が、この世からひとりもいなくなりますように。


パリで亡くなった人たちの命が、争いを正当化する為の道具に、されませんように。



2015年11月3日火曜日

日本の美徳か

昔旅ものエッセイ漫画を描いていた時に、私が海外と日本の違いに言及すると、あたかも善悪で比較対象している様に取られる事があって驚いた事があるので、このブログについても始めに言っておきますけれど、単に違いについて言及しているだけであって、日本が劣ってるとか言っているのではない事をわかっていただければと思います。

以下に書く事、私自身は、実際どうだっていいと思っています。人類の寿命は地球単位で考えれば非常に短く、いくら長生きしたり、あるいは繁殖しても、数代先には全滅する可能性が50%はあるわけで、そうとなれば人生は、快適に生きるのが一番いいんです。と私は常日頃から思っています。
別に刹那的というわけでなく、数ある楽しい選択肢の中から、自分が一番楽しい嬉しい美味しいと思う物を選択すればいいと思います。お気軽に。

そういう前提という感じで読んでいただければと思います。

私はユナイテッド航空を贔屓にしているので、アメリカに行くときはユナイテッドあるいは、全日空とのコードシェア便を使う事が圧倒的に多く、今回もそんな感じでした。
で、長らくユナイテッド他欧米系航空会社の便ばかり使っていて、今回久しぶりに全日空を使ったわけですが、そのサービスのきめの細かさに、実に驚きました。

飛行機が全体的に不況時代に突入した頃から、エコノミー・クラスなんかに乗っていると特に、機内食の内容に如実にその台所事情が反映されるのを経験してきました。

ユナイテッド航空なんか、デザートや間食の提供がきれいさっぱり無くなったりして、そのあまりの潔さというか見栄の無さに結構驚かされます。
それでもユナイテッドを選ぶのは、私の様に頻繁に往復している者に、荷物検査の簡略化等非常に魅力的な特権を提供してくれるからです。
長い列に並ばず、全然違う入り口から、靴も脱がず、液体の入った袋やコンピューターを鞄から出す必要も無く、人体X線を取られる事も無く、どかっと蛇腹の上に荷物を置いて通過すればいいだけ等、他にも私がこうして欲しいという優遇が、沢山あります。

だから今回ANAでそれが適応されなかった時にすごく不便だと感じたし、はっきり言ってその融通の利かなさはあまり快適ではありませんでした。
しかーし!
それを補ってあまりあるのが、機内でのサービスでした。

アテンダントさんがみんな優しいーーーーーーーーーー。
機内食は未だに、ちょっとした料亭のお弁当みたいなクオリティを保っているし、ものすごく頻繁に往来するアテンダント達さんが、声をかけなくてもすぐに来てくれて色んな事を解決してくれます。

ユナイテッド航空や、7月にパスカルズの欧州ツアーで使ったエール・フレンスなんかの、比較的ほったらかし系サービスに慣れている私には過剰とも思える、いやしかし、保って欲しい過剰さですが、なんというか、自己犠牲精神に溢れているのでは、アテンダントさん達、毎回のフライトでこんなに機内で気を使っていたら、毎回くたくたになっちゃうんじゃないの?みたいな、そういう、まるで奴隷を沢山従えているかのような、ありがたーーーーーーいサービスを受けてのフライトだったのです。

私はこれを見て、これって、日本全体にある、善意の自己犠牲ではないのかな、と、ふと思ったのです。

私が今回アメリカに長逗留したのは、勿論いくつか用事があった事がメインの理由だったのですが、個人的な理由は、健康の回復を狙っての事でした。

別に体を壊したわけではないのですが、なんか回復が必要、と感じて、渡米したのです。

で、滞在中プロの人の元で新しい食事療法や独特のエクササイズなど、検査と平行して様々なプログラムをこなしていました。

アメリカは、栄養学の面で非常に先を走っているなと感じます。
去年流行った事が今年はNGになっていたりと、色んな専門家が新しいリサーチをどんどん提供し、それがあっという間に一般の人に広まり、皆さん色んな事を試していると思います。
最近日本でもブームのスーパーフードなんかの先駆けも、アメリカですよね。

で、ここで私がちょっと思ったのはですね、日本では、革新的な栄養学が、もう、絶対と言っていい程に、浸透しないという現実に、先に全日空で感じた、自己犠牲の精神が反映してるんじゃないのかな、ということなんです。

革新的な栄養学には、チアシードやケールやオメガ3オイルがいいよ、等の足し算の物もありますが、「これは食べてはいけません」という、引き算の物も当然あります。

例えば今アメリカでは、多くの人が小麦粉を避けています。
これは、60年前まで栽培されていた丈の高い小麦の原種を、風などで倒れてダメにならないようにと背を低くしたりなどの改良を重ねた結果、現在の小麦と小麦の原種が、全く異なる植物となっており、結果現在の小麦粉を食べると、それに含まれるある種のタンパク質が脳の血管の壁を通過して脳細胞に浸透してしまうという事がわかり、それが多くの脳疾患の原因になっていると、ある学者さんが発表して、それが一般に広がったからなんですね。

これに伴ってアメリカでは、小麦を使わない、あるいはスペルト小麦(古代種の小麦)のパン等の代用品がぐわーーーっと開拓され、それが今、ぐわーーーっとでっかい商売になっているわけで、まあアメリカは、それの繰り返しというか、引き算の栄養学が来ればそれに対応する商売が開拓されて、かと言って悪いと言われている物が市場から消えるわけでもなく、つまり消費者には選択肢が増えて、なんとなく便利な感じがするわけです。

でも日本では、この引き算の栄養学が絶対に広がりません。

それはだってやっぱり、小麦がダメってなっちゃうと、国内の小麦製品を扱う人たちが大変な事になっちゃうし、欧米が使用を禁止したマーガリンだって、それが禁止になったら、マーガリン会社の人が困りますもん。

てな事なのではないのでしょうか。
つまりこれは単にフード・ビジネス・バビロンが圧力をかけてるってだけではなく、日本人ひとりひとりの深い思いやりや愛情が影響してるんじゃないんでしょうか。

そんな事ないよー、と言われるかもしれませんが、私はアメリカで学んだ心理療法で臨床的な経験を積んだ結果、本人の中にある善意や思いやりの過剰さから来る心的態度が、色んな事の動機になって自分を蝕んでいるという人間のパターンが、結構多い事を知ったのです。

どんなにフード・バビロンが、小麦がダメなんてカルトの言ってる事だよ、とか言う言葉で責めて来たところで、ひとりひとりが毅然とやめれば、小麦の需要は自然と落ちるはず。
でも、世の中には小麦粉で焼かれた愛情深いパンやお菓子の数々があることを、私たちは知っています。

勿論、それを諦められないし、諦めるくらいなら将来病んでもいいよ、という気持ちもあるかもしれませんが、そのサブ・コンシャスには、どこかに深い、思いやりやその愛情深い食べ物や作ってくれた人たちへの愛があるからなんじゃないでしょうか。

誰かの愛情深い食べ物を否定するくらいなら、私は病気を選ぶよ、あるいは、愛情深い選択は、病気を超えるよ、という、深いところでの心理があるんじゃないのでしょうか。

と、なんとなくふと、感じたのです。

私、これはある意味、合っていると思います。私は、愛情深く作られた食べ物にはなんらかのエネルギー的変容が起こって、色んなマイナスをプラスに変える作用があるんじゃないかと思っている人間です。
また量子力学かなんかでこういう事が、証明されるかもしれません。

なんかそういうさ、ANAの中で見た、自己を投げ打って他者を助ける、みたいな精神が、日本人の日常的な行動の動機になってるんじゃないでしょうか。

これは基本、美しいと思うんです。
マーガリンを食べない人を、責めなければの話ですが。

過剰な自己犠牲が不健康に転じるのは、あくまでも、「自分が我慢してるんだからお前も我慢しろ。」と、他者に矛先が向かう時です。

また、所謂サイコパスとか呼ばれている人なんかは、「私今大変でこんなにかわいそうで」を上手い具合に公言して自分のまずい立場を救おうとしますから、日本の人はすぐにそれに反応して悪人の方の味方になっちゃったりして将来的につけ込まれたりしやすいですね。

まあそういう事さえ気をつければ、日本人の思いやり深さは、なんとなく美しいなと私は今回、感じたのです。

そういう思いやりを、自分の体や心にも、是非向けてあげて欲しいなとも思いますが。
私はそうしています。(あ、サイコパスの人は、もう十分自分本位ですので、それ以上は向けなくていいですよ笑。)


新しい栄養学を元にした食事療法はとても私の体に合い、全く葛藤無く、もう三週間も続けられているし、体調の回復もすさまじいです。

始めに書いた様に、人生は短いし、栄養学でいくら自分のDNAを健康に保ったところで、この地球の自浄のサイクルに飲まれる日がいつ来てもおかしくない。
だから、美味しい物を食べて楽しく生きるのが一番だと思いますから、新しい栄養学が根付かない日本がダメだと言ってるわけではないんです。

ただ今回なんとなく。日本人は全体的に、実より情を優先する人が多いのかも、と改めて感じ、それが独特の保守的な空気の原因にもなっているのかもしれないな、と思ったのです。でももしそれが自分の健康や心理を侵す物であったなら、その情の領域からちょっと目を上げて、新しい物を試すことも、いいんじゃないかなと思うのです。

2015年10月29日木曜日

アーミッシュの村

ランカスターに入ると途端に出会い始めるアーミッシュ・バギー
アーミッシュの村が車で45分くらいの所にあるよ、と、ペンシルバニアのとある山小屋で集っていた友人のひとりが教えてくれた。

アーミッシュ村を訪れるのは、私の積年の夢であったので、あまりの幸運に床にひれ伏す想いだった。思わず世界中の神々にお礼を言いたい気分になってしまったのです。

アーミッシュと言うのは、スイス起源のキリスト教系宗教団体で、移民当時の生活を守る為に、電気などを使わない、昔のままの生活を送る人たちである。

私がアーミッシュの存在を知ったのは、残念ながらホラー映画みたいなやつでです。
特異な印象を持たれているのか、アーミッシュを素材にした怖い話はいくつもありますね。一番有名なのは、M・ナイト・シャマラン監督の『ザ・ヴィレッジ』かも。

しかし仕事で時々アーミッシュの人と話すという友人にその話をしたらとても驚いていました。そして、もっといいアーミッシュの映画があると言って、『アーミッシュ・グレース』という映画を教えてくれました。今度観てみようと思います。


さてそれにしても。

アーミッシュに産まれるのって、どんな気分なんでしょうね。
厳粛さ、という物にあまり接する機会の無い昨今、アーミッシュ村のガイド・ツアーにちょこっと参加し、お家の中や衣装を見せてもらったり、しきたりの説明なんかをされている時、子供の頃にはいくらかあった厳粛さという経験を、なんとなく愛おしく感じ始めてしまいました。

アーミッシュの女性は、4着しか服を持ちません。
全てデザインが決まっていて、色も青か紫のドレスの上に、黒いエプロンみたいな上着を重ねます。未婚の女性が教会に行く時にはその黒い上っ張りが白になって、女性はそれを自分の結婚式でも着るそうです。

産まれてから一度も切る事を許されない髪は、後ろで結って上からネットを被ります。
化粧は許されていません。勿論、ピアスやアクセサリーも。
私にはとうてい無理なんですが、究極なまでのシンプルさに、どこか憧れる所もあります。

自然界以外の物にあまり興味の無くなってしまった今の自分なら、あの生活は意外にしっくり来るかもしれない。
でも思春期時代は辛いかも。

アーミッシュの子供として産まれても、16才から成人を迎える間は村を離れ普通の社会で生きる機会を与えられ、成人後に、アーミッシュを選ぶのか俗世間で生きるのかを自分で選択するわけですが、俗世間で生きる事を選べばその後家族との接触を諦めねばならないのですから、あまりフェアな選択肢とは思えません。
20才くらいじゃ、完全に親から離れるのはまだ不安でしょう?
だから殆どの人が、アーミッシュでいることを選ぶのだそうです。

まあそれはそれとして。

アーミッシュの村は、それはそれは美しかったです。
例え戒律で定められているからとは言え、そこには自然界と一体化したなんとも言えない静謐な空気が流れています。

ランカスターに入る前から、秋のペンシルバニアの風景は圧倒される様な美しさなのですが、それでもアーミッシュの村に入った瞬間に、空気が一瞬で変ります。

私は、厳格な宗教的戒律に生きるという事自体にはあまり賛成している人間ではないのですが、つまりそれはあくまでも他者の決めた価値観だからで、そういう事を人に強制する事にも、それを信じ切って従い続ける事にも、大きな疑問があるわけです。

そうなんですが。

それでもアーミッシュの村には、何か独特の詩的な叙情性があり、それはそこ以外のペンシルバニアの土地には、無い物でした。

あれは一体なんなのでしょう。
人の心と自然とが、なんらかの形で手を組んだ結果なのではないかと感じたのです。

確かに自然界なんだけど、そこに人の魂が、しっくりと融合している様な感じなのです。
あれを感じた時、アーミッシュの人たちが、何を信じてああした生き方を選択しているのかはわからないながらも、少なくとも誇りに思っていい世界観を、確かに生み出しているな、と感じました。

なんで私ごときがこんな上から目線なのか わけわかりませんが(笑、とにかく本当に、チミたち、誇っていいよ、と民衆を集めて全員の肩を叩きたい気分でしたね。


いつかあそこで夜を過ごしてみたいなと思います。
あの不思議な気配が、夜には更に濃厚になるような気がするのです。

アーミッシュの手作り石鹸。可愛い布に包まれています。

牧場

2015年10月21日水曜日

甲虫の教え


アメリカ ペンシルヴァニア州ユニオンヴィルという村の近くの山荘にいる。

昔の仲間を集めて、黒魔術降霊会を開く為だ(嘘)。

人里離れた湿っぽい森の中、近くにはアーミッシュの村があるという絶妙なロケーション。

私はアーミッシュに偏見は全く無く、むしろ昔から一度は訪れたいと思っていたのだけど、アメリカのホラー映画なんかだとよく、その村をモデルに怪奇な事件が様々に起こったりしますね。
アーミッシュの村の前で車がエンコして、仕方無く一夜の宿をお願いするけど、なんだか奇妙な村人の様子にまんじりともせず夜が明け、いざ一刻も早くそこを離れようとすると、車も無いし出口も無い、キャー!みたいな。

さてそういう感じの場所ですが、明るく乾燥したコロラドからの対比で、東海岸の鬱蒼とした湿気を含んだ森は、余計に背景に(恐ろしい)物語があるように感じるのでしょうが、私や女子の友人らが泊まっている結構可愛らしい山荘のある丘の麓にあるもう一軒の、男子友達らが泊まっている方の山荘は、150年の歴史を持つマジ迫力ある一軒家。

寝ていたら何かが顔に触れるのでがばっと起きたら、蝙蝠たちがぶんぶん部屋の中を飛んでいて、自分の顔の前を通り過ぎる時に羽根があたっていたんでしたと、ディナーの時に友人が話してくれました。

ところでこの宿に、みんなより一足先に着いたわたくし。
クイーンサイズのベッドがふたつある比較的小さな部屋は、友人のRとWが使うって言ってたから、私は別の友人、CとLと三人で、広ーい部屋にシングルベッドが三つ置いてある部屋に泊まることになっていました。

さて自分のベッドを選ぶにあたり、ふたつのベッドは通常のホテルのように、スタンドなんかが置いてあるテーブルを挟んで、枕側が壁に接する形で置いてあり、三つ目のは明らかにエキストラ・ベッドで、それはふたつのベッドの並んでいる反対側の壁に面して、ふたつのベッドとは直角の位置に、枕側を窓に接する形で置いてありました。

広い部屋なのでそれぞれのベッドとベッドの間にかなりのスペースがあり、どのベッドを選んでも快適に寝泊まり出来る感じでしたが、私は、ふたつ並んでいるベッドの窓際じゃない壁、バスルームに接した壁に置いてある方か、枕側が窓に接しているエキストラ・ベッドの方がいいかを真剣に悩みました。
なんたってこれから7泊もするんですからねここに。真剣な選択です。

で、さんざん悩んだ挙げ句、窓に接しているエキストラ・ベッドを選び、そこで荷解きをして優雅に風呂に入ってから、早めに着いた友人らと夕食を済まし、夜遅く着くというふたりのルームメイトを部屋で待っていました。

すると。

私の選んだベッドの壁に、大きな昆虫が現れたではありませぬか。
Gではないのですが、まあ黄金虫の様な甲虫です。
窓に近いから、窓から入って来てそこを歩いていたのでしょう。

昆虫ってやつは、なんであんなに物怖じせず、どこもかしこも自分の家みたいにズンズン入ってくるのでしょうね。壁や床だけならともかく、時には私の腕や脚や頭にいたりしますからね。人の事を、壁や床や樹木や葉っぱや泥と同じだと思ってるんでしょうか。


という事があり。

私は這々の体で荷物をまとめ、とてもこの、窓に近いベッドにはいられないよ、だって虫が二万匹責めて来るんだもの!と半ばヒステリーを起こしつつ、まだ到着していないルームメイトに心の中で心底謝りながら、始めに迷っていたもう一個の、バスルームに面した壁に接して置いてあるベッドの方に移動しました。

するとほどなくして、残りの二人の友人が到着しました。

ドアを開けるなりふたりの内のひとりは、わー、素敵ー!と言いつつ、真っすぐに私が見放した方のベッドに向かってゆきました。
窓に面して置いてあるなんてニートじゃない?私こういう配置大好き!と言って。

そしてもうひとりの友人は、やはり真っすぐに、私の眼中には全く無かった、ふたつ並んでいるベッドの窓際の方のベッドに歩いてゆき、私、寒がりだからヒーターのそばのベッドじゃないとダメ、と言いました。そう、窓際にはヒーターが置いてあり、そのベッドはヒーターに面して置いてあったのです。

そして二人は私を眺め、「サラ、そこで本当にいいの?」とあたかも可哀想に、とでも言いたげな表情で聞きました。
私は、自分が虫が怖くて移動した事等を話し、なんだか完璧ね、なんて言われて、なんだか完璧なベッド選びの結果となったのでございます。

ありがとうユング。

いえね、十代の頃ユングにはまって彼の本を読みあさったのですが、彼は甲虫に特別な意味を感じていて、まあ詳しく書けば、甲虫は変容の象徴であり、彼の元に通っていた、治癒を拒む頑固な患者さんが、窓の外に偶然現れた甲虫の存在に気付く事によって自分の変化を受け入れたとかなんとかそういう内容だったのですが、その話がいつも心に残っている私は、甲虫を見る度に、なんとなく特別な意図を感じる様になっているわけです。

そんな私の元に現れた甲虫のおかげで、私は三人全員にとって正しいベッドを選べたというわけなですね。うまく出来てるもんですよ。

ま、あのタイミングなら、現れたのが甲虫だろうがムカデだろうが羽虫だろうがお化けだろうが、私はベッドを移動したけどね。

そんな、この山荘初日の夜なのでした。

私が逃げた方のベッド


私の眼中には無かった方のベッド

2015年10月20日火曜日

仮想現実

気だての良い音楽に似合わないワイルドな野生動物カルーセル
昨日、ワシントンDCにあるスミソニアン国立動物園へ行って来た。

スミソニアン系施設だけあって、学習要素がとても多かったし、そしてとても思いやりのある動物園だと言っていいかもしれない。

象なんて、人間の干渉を受けずに、広大な動物園の半分くらいの面積を移動出来るようになっているし、アシカやアザラシなどのプールも相当広い。

一緒に行った人が、動物への愛情が深い動物園だね、と言ったので、それは確かにそうかもな、と思いつつ、私はやっぱり疑問を感じた。

動物園という施設については、ここやサンディエゴ動物園の様に、動物の研究や保護に貢献している所もあるし、かつまた、人間が普段出会えない種類の動物に生で接する事で得る恩恵は大きいと思うから、もう今更、動物を閉じ込めないで、というような不満を安易に言うつもりはないし、乗馬クラブでの経験から、動物に直に接する仕事をしている人たちというものは、外部の人たちよりもずっと大きくて深い思索を抱えて色んな事をやっているのを私は知っているので、外部の人間があれこれ言うことじゃないのかも、という辺りで思考が止まっている状態で、動物園の存在そのものへの疑問というわけではない。


ただ私が感じたのは、いくら動物舎の面積が広くて、あるいは有機的な造形であれこれ工夫を凝らしてあったとしても、あくまでもその空間は人工の物で、自然界における森羅万象の変化とは切り離されているということだ。

アザラシのプールを見ていて感じたのは、確かに広くて十分に延び延びと泳げるかもしれないけれど、アザラシはあそこにいる限り、自分で魚を発見してそれを追って捕まえたり、鮫やシャチに追われて逃げ切ったり、他にも様々な海の事象に直面して受ける日々の有機的な刺激という物から完全に遮断されているということだ。

時々飼育員が色んな事をしてくれるかもしれないけれど、人間の頭で考えて行われる事と大自然が与えてくれる彩り豊かで予測不可能な現実とは、比べ物にならないだろう。

私が近年流行しているコンピューター・ゲームにはまらないのもそこだ。

あれはクリエイターが創作した世界だ。
確かに世の中には、人より深いレベルで現実を認知・体験している人がいるので、そういう人の創り上げたファンタジーや創作物の中に溺れるのは、私も大好きだ。ゲームはやらないけれど、本を読むのは好きだから、もしかしたらゲームって、本をより三次元的に体験出来る世界なのかもしれないとも思うから、一度はまると面白いのかもしれない。とも思う。

しかしそれとて結局は、他者の世界観を生きる事に変わりはない。
私は誰かの創った世界観の中で時間を使うより、一秒でも多く、自分の泳いでいる大海での、自分のオリジナルのゲームを楽しみたいと思う。
有機的で変化に富んだ、予測不可能な現実を、一生の間に少しでも沢山経験したいと思う。


大方の人間には自由があるから、いくらでも好きな時に人の創ったゲームから目を上げて、自分の人生を生きる事を選択出来るからいいんだけど、動物園の動物はそうは行かない。
自然界の状態に似せて造られた、でも決して有機的な変化の無い世界の中で生きる動物達を見ていると、私はその息苦しさに、どうしてもあえいでしまう。

そこには動物それぞれがオリジナルに行える、開拓と解決と創作が無い。

私は、動物たちは人間より知的に劣っているんじゃなくて、違うやり方でそれぞれがすごい知性と洞察と直感を発揮して生きていると信じているので、動物にはオリジナルの生き方をして欲しい。

誰かが創り上げた仮想空間はその人の思惑でしかなく、その枠の中に生きるという事は、それを創り上げた人の限界をも生きるということだ。
動物園には、それぞれの動物達の持つ個性的で大きな視座に見合った生態空間があるように、私には思えなかった。それが少し悲しかった。


まあそれとて素人の私の思い込みであって、自分の感覚を動物に投影しているだけかもしれないけどね。

2015年10月12日月曜日

コロラドと私 2


私は自分のブログを、自分が感じた事の覚え書きみたいに使っているので、読みに来てくださる方には、感謝と共に、いつも申し訳無さを感じています。

要するに、日記に書けばいいような自分語りを公の場で書いているのであり、じゃあ日記に書けばいいやんと思うんだけど、ブログって、アクセスしやすいツールなんですよね〜。
ブログがこんなに、書いておこう、という気持ちを起こさせるようなデザインになっていなければ、このブログ文化はとうに衰退していたと思うんです。

すぐに開けてペンも辞書もいらなくて、写真も貼っておけてと、非常に便利です。

ところでこの写真は、昨日出会った白頭鷲です。

私はずっと前から白頭鷲に憧れていて、野生で出会えれば申し分無いのですが、野生で出会う時は自分が狩られる時かもしれず、なんとも言えない究極の選択なのですが、昨日は、この地で開催されているフェスのラジオ収録があり、そのステーションへ行ったら、鷲を保護する団体の方が見えていてお話をされていたのです。

資金集めの為に、20ドルで白頭鷲と一緒に写真が撮れますよ、をやっていたので、喜び勇んで一枚撮ってもらいました。
まさか白頭鷲とのツーショットを撮れる日が来るなんて、と大変嬉しかったです。

上の写真はその時に撮ってもらった写真から、自分を削除した物です笑。
下は写真は、撮る前にマスクをされている鷲。どでかさが伝わるでしょうか。

羽根を広げると恐らくは2mはあると思われる神々しさ



私が今いる地はユート・シティと言われる、その昔、ユート・インディアンというネイティブ・アメリカンの部族の集落のあった聖地です。

聖地、とかパワー・スポット、とかいう言葉があるけれど、もしそういう特別視的言葉を使うなら、私は基本的に、地球全体が聖地でありパワー・スポットだと思っています。
ただそこに住む人たちが、それだけその土地のエネルギーと融合した形での文化を培っているかで、そのパワーの強度が違ってしまうと思います。

コロラドの多くの地は幸いな事に、土地のエネルギーが人を飲み込んでいて、逆らえない物がある印象、とでも言いますか、高度成長期時代の東京の様に、人界優位であとかたも無く土地の風土を消し去ってしまうような発展を遂げていないが為に、どこへ行ってもそれなりのパワーがあると思うのです。

まあ最近東京も、ゆとりが出て来たのか、風土を尊重した空間作りを始めた街が出て来たので、そこはまた、いくらでも取り戻せるもんだと私は思っていますが。


ところで私がこのユートを故郷の様に感じるのは、土地と自分の相性がいいと言うのもありますが、非常に深い縁を感じる人と、この地で会う事が多いからです。
ここで会った人たちとは何故かすぐに親しくなってしまい、ほったらかしていても延々と付き合いが続くことが多いんですね。

そんな中のひとりに、Pという初老の紳士がいます。
彼とは飛行機の中で信じられないくらい意気投合してしまい、その後もやりとりをしていたのですが、なんと私の友達の多くが、彼とも友達だった事が後から判明して非常に驚いたものなのです。

それに私にとって彼はいつも非常に気になる存在と言うか、別に恋をしているわけではないんですが、なんかこの人好き、みたいな、そんな感じです。

しかしながら、他の友人と違って中々会う機会の少ないこのPが、もう少ししたらシアトルに引っ越してしまう事がわかり、タイミング的に、今回の私の訪問で会えればいいなーと漠然と思っていました。

でも、今回私がこの地へ来た目的は友達に会う為では無かったので、自分のスケジュールもよくわからないしと、ここに来る事自体を、Pには言わないでいたのです。

忙しい方だし、特に彼は私のユート関連の友達の中でも1、2を争うセレブなので(笑)、人に会う事にちょっとナーバスな部分もあるんではないかなという懸念もありました。
彼はハリウッド映画界の重鎮なので、ショービジネスの世界に生きたりアーティストとして野心のある人の中には、彼のサポートを得る為にアポを取る人が沢山いると思うし、それを見ても来ているので、どうもなんだか気が引けてしまったりする、という精神状態になる時があるんですね、彼に関しては。

ところが今回、彼がプッシュすると決めているイギリスの新人アーティストのコンサートがこの地であり、そのコンサートの主催者がなんと私の知人だった事がコンサート当日に判明、その知人はPの事は知らなかったのですが、コンサート当日朝に、偶然にも一緒に山に遊びに行ったので、そこで私に、何も知らずに招待券をくれたのです。

会場に行くとなんとそのアーティストとPが入り口で歓談しているところに出くわし、ぐわーっ、あんた、来てたんかい!と言われて、まんまと、シアトルに引っ越す前にPにお会い出来たんですね。

その後Facebookから、Pが私についてコメントしています、というメールが来ていたので見に行ってみたら、

「異なる文化や遠い地に住んでいるにも関わらず、人生はいつもサラと私に、ことあるごとに交差点を与えてくれる。なんとラブリーな魔法でしょうか。」

とあるではありませんか。

私は泣きましたね。

何故なら私もいつもPに関しては、そういう不思議を感じていたからです。
計らずとも人生が、必ず交差する道を創ってくれると。

Pとは今後もこんな風な、不思議な付き合いが続いて行くのかもしれません。

聖地にはこういう魔法が、まだ沢山生きているのです。

2015年10月10日土曜日

コロラドと私

コロラドに来ると、「私、何かいい事しましたっけ?」と思わず聞きたくなってしまうような、褒美のようなもてなしの数々にいつも圧倒される。

特定の誰かがしてくれるというのではない。
いや、誰か、と言うならば、寄ってたかってみんなが、と言うべきかもしれない。

でもどちらかと言えば、土地がそうしてくれてるんじゃないかと思う様な、森羅万象や自然現象や希有な偶然や動物まで巻き込んで、そ、そ、そ、そんなにしてくれなくっても、と思う様な、すっげえ出来事がいっぱい起こって、思わず天を仰いで聞きたくなってしまうわけです。
「オレ、なんかいいこと、した?」と。


私は、そんなどでかい褒美に値する様な、いい人間ではないことはわかっています。

だから日本では、それなりの人生を送っています。

日本では、「たいしていい人間じゃない自分」に当然あてがわれる様な、ぱっとしない人生を生きています。


しかーーーーーし!

対してコロラドは、私がいい人間じゃない事なんて、これっぽっちも気にしません。

怠け者で、やるべき事をやらなくて、思いやりが足りなくて、好き嫌いが激しくて、傲慢で、口が悪くて、我が儘でも、コロラドはいつも私に、最高の体験やご褒美や、なんとかして夢を叶えてあげよう、というようなお助け心を用意して待っていてくれるのです。

コロラドは、私がどんな人間で、誰かがどんなに私を嫌ったり私に怒ったり私を悪く思っていたりしても、全く気にしません。
溢れる様な愛情をフル回転させて、私を思いっきり、もてなそうとしてくれるのです。


親みたいに。


そんな存在を、人は誰でも持っているべきだと私は思います。
どんな人にだって、この世に少なくともひとりは、全てを受け入れて、完全な愛情で抱きしめてくれる誰かが、いるべきだと私は思います。

だから私は、親が必ずしもそんな風な存在では無いという現実が世の中にあることについては、とても悲しく思います。
犯罪を侵した自分の子供について、その子供よりも世間を尊重してしまう姿に、時々落胆する事があります。

これは、盲目的な親バカのことではありません。

酷い事をして、世間や誰かに迷惑をかけて、責められて当然の事をして、そして実際に責められている自分の子供の姿と現実を、曇りや贔屓の無い目でしっかりと見ながら、だけれどもちゃんとその子に、出来る限りのごちそうと愛情をあげて、味方である、という態度を貫いてあげる人が、どんな人にもいて欲しいと、私は思います。


私はコロラドに来て、全面的に肯定されて、磐余の無いご褒美を沢山貰って、なんだか怖くなるような幸運に恵まれて、素晴らしい偶然を山ほど体験して、こんなろくでなしなのに、「そのままでいいんだよ。」と言われているような気分になって、やや当惑気味な感じに今はなり始めてはいるけれど、だけど私は、世の中の誰もがこんな風に、際限の無い愛情でもてなされ、褒められ、夢を叶えようとしてもらえる権利を持っているんだと、根拠の無い自信を持って今は感じます。

それが心に良い影響を及ぼすだとか、歪んだ心を癒すとか、そんな野暮な事ではなく、無条件に、完全に肯定してくれる存在が、誰にとってもあってしかるべきだと私は感じるのです。



コロラドという土地の私への過剰サービスの原因は、いつまで経ってもわからないままだけど、だけど本当に、本当の意味で心ごと帰れる場所でいつもいてくれるというのは、とてもありがたいことです。

今回は本当に顕著にそれを示してくれているから、私は今後もう少し、ちゃんとノルマをこなすマシな人間になろうと、謙虚に改心しているところです。

旅人のコートを、冷たい風の勢いで脱がせるんじゃなく、太陽で暖めて脱がせるお話みたいだなと、感じているのです。






2015年9月27日日曜日

アヒルと羊

物をはっきり言わない人は我慢強いとか優しいとか人を傷つけないとか、文句や悪口を言わない人はいい人だ、とかいう道徳観念に、あまりにも侵され過ぎると、悪がはびこる(笑)世の中になる。

私は善悪の二元論は信じていない人間だが、普遍的な良心というものを持たない人、あるいは、なんらかの理由で、その良心の領域を深く封印している人というのは、実際にいる。

武器というものが命を殺める道具だと言う明白な現実を知りながら、その武器を売ってお金儲けをする計画を、全く恥じずに人前で公言出来る人間がいることを知ったのも、つい最近だ。

何故人は、そんな風になれるのだろう。

私は、利己的な動機で犯罪(戦争や一般的な犯罪や人間関係上の心理的物理的搾取や裏切りなども含め)を犯す人に対して、その心理的な背景を配慮する事はいつも行うのだけど、行為自体を肯定出来るかというと、それはまた別の話だ。

肯定出来るとすれば、その人が、自分のやってしまった事を深く悔いて、被害者が心底納得するような、過去の罪をきれいに精算出来るような事や補って余在ると誰もが思えるような行為(言葉ではなく)を完結した場合であり、それ以外でそういった人物に対して寛大な心を持つ事は滅多に無い。

こうした、誰かが犯してしまった、他者を巻き込む利己的な行いに対して寛大だったり理解的な事を言う人というのは、自分自身のそういった行いに対しても寛大である可能性が高いと思うので、犯罪者や搾取者の理解者に、自分はなりたくはないのである。




政治や他者や社会への不平不満を、延び延びと、思い切り語り合える相手がいるのはいい。

これは自分がスッキリするという以上に、なんらかの良い浄化をもたらす事になり得るという体験を、最近し続けている。

数ヶ月前に私はたまりかねて、ある人物を公衆の面前で怒鳴ってしまったのだけれど、それを見ていた関係者たちが、その人物からの多大なる被害を口々に告発し始めて、あっという間に人間関係の交通整理がなされてしまった。

私も私の友達も、自分について善人やましてや正義の味方みたいな自意識は全く持ってはいないのだけど、こうして悪人が日の下にさらされてみると、狡猾だと思っていた自分自身が如何に純朴だったかを、イヤでも自覚するもんですよ奥さん。
みんなー私も含めてですが、その悪しき行為への思いやりや理解を示そうという心から、長年、誰も何も文句を言わなかったんですからね。驚くべき現実。
そうやって、善人の優しさを滋養にしてはびこる悪は多いよね、世の中。


ところで私は最近、互いの中にある誰かや何かへの不満や怒りや感情的ストレスにジャッジを下さず、そのストレスへの思いやりを持ちながら、話を聞き、語り合えるというのは、ある意味、おのれに対しても厳しい人間同士でないと出来ない行為なのかもしれないと、気付いた。

自分の中にある誰かや何かへの不満を直視し、自覚し、分析し、言葉に出して人に伝えられる人というのは、同じ事を自分に対しても明晰に行える人だと、私は感じる。
自分の中の不透明な領域をきちんと把握し、それを正して成長してゆける人だと私は感じる。

誰かや社会への悪口やストレスを、柔らかい言葉や偽善的な表現で誤摩化さず、辛辣な、ある意味乱暴で独善的な言葉で分析的に語れるというのは、「自分は今、利己的な動機で不満を表明している、だから自分の今行っている行為を正当化はしないし、それを聞いた相手にどう思われても構わない」という覚悟と自覚があってこそだと私は思う。
(もちろん世の中には、もっと不透明な心からそれをやるサイコな人もいるけれど、ここで書いているのは、そういう人は論外、という前提の元でです。)

最近、日本の政府の在り方に沢山の人が声を上げていて、とても素敵だなと思う。
健全な政治家なら、そういった声を歓迎し、きちんと対話を求めてくるでしょうが、悪代官は、発言自体や発言した人物自体を貶める様な事を言い出すものである。
日本はこの先、どうなることでしょうかね。



個人的には、政治の事も含めて、成熟した会話をする機会を最近続けざまに与えてもらって、私はとても幸せでした。


というわけで、このお料理写真は、日本での、そんな素敵な大人達との女子会にていただいたお料理です。

北京ダックはパスカルズ M井部長様の奢りでございます。
ご自身がグルメであられるのだけれど、下々の者をつき合わせるのは残酷、という理由から、わたくしたちに自腹で振る舞ってくださったのでございます。
ありがたき幸せ。

場所は新宿、海外からいらした政界の大物なども多く利用されるという中華料理屋さんだそうです。

カリカリクリスピーなダックの皮にお砂糖をまぶして食べる。

サーブしてくれるお嬢さんが美人

北京ダック色々。萬頭で挟んだ北京ダックサンドが特に気に入りました。



ダック麺



で、ものすごかったのが以下のダックのスープで、なんですか、ダックを一羽丸ごと絞って作りましたみたいな、新鮮ダック濃厚味だったのでございます。
これね、いやー、人間て罪深いわ。。でも美味しかった・・・。

見た目は控え目なのにすさまじいダック・パワーを持った一品


お次は、間髪入れずに決まった次なる大人の女子会にていただいた、羊三昧レポート。
これは神田の味坊さんというお店でいただいた物ですが、どのお料理も大変美味しかったです。

前菜盛り合わせ。どれも大変異国情緒あるお味です。

羊の炒め物。絶品。

白菜とチャーシューの麺


羊の串焼き。絶品。

この他に、青菜の炒め物や、今回の女子会のテーマであったマトンの水餃子と焼き餃子などもいただきました。美味しかったですが、このお店はがつんと羊の真っ向勝負なお料理の方がより美味しいと思いましたね。串焼きとか、羊炒めとかね。

美味しかったし、会話ももうなんですか、ダック女子会を凌ぐ勢いで盛り上がりましたね。

ところでこのマトン餃子女子会を、私の渡米前にギリギリ実現に導いたのは、映画"野のなななのか"で主人公鈴木光男の青年時代を演じられた、かっくいくておしゃれで素敵で大人な男性、俳優の内田周作さんです。

最近私たちの女子会メンバーにレギュラー入りされた周作様、次回はあったかい作り立ておはぎをいただく会、などを積極的に発案し、既に女子会幹部へのスピード出世をにおわせる貫禄を漂わせておいでです。

女子会なのに。


アメリカから帰国したら早速みんなで、暖かいおはぎを食べに行ける予定。
私は本当にしあわせものです。

2015年9月12日土曜日

ヴァルド派の料理

灰に埋まっていたポテトを掘り出したところ

先日、映画"アンフェアthe end"の試写を観せていただき、その後 佐藤嗣麻子監督に、ヴァルド派の料理を食べさせてくれるレストランに連れて行っていただいた。

実は映画の後ローフードのレストランでランチを食べている時にそのレストランの話になって、では次回は是非そこへゆきましょう、じゃなくてそのまま同じ日のディナーへとなだれ込んだのである。なんて楽しい。

嗣麻子さんといると、私はエンドレスになることが多い。

以前やはり何かの折りに銀座かどこかで飲み始めて、そのまま梯子梯子梯子と続き、最後は一緒に下北沢の日本酒の美味しい割烹のカウンターに座っていた記憶まではあるのだが、次に気付いた時、私はひとりで東西線九段下の駅のホームにいた。

下北沢から九段下ってさ、どうやって行くの?
シラフの今でもいきなりは言えないよ。

当然そこまでどうやって行ったかなんて全く記憶が無いんだから、悪魔の毒水は恐ろしい。
そういや舞浜で飲んでて、終電見送ってふたりでディズニーランドのホテルに泊まった事もあったよ。

断っておきますが、私は飲ん兵衛ではありません。
ここ数年は、パスカルズの打ち合げとかでもウーロン茶やアルコールフリーの偽ビール専門でした。

ところがしかしこのヴァルド派の夜、またしても私はぐでんぐでんに。
嗣麻子さんがアタシをそうさせるのね。
まあそれはそれとして。

ヴァルド派っていうのは、ピエモンテ地方に居を構えたキリスト教プロテスタントの教派の名前である。
開祖のヴァルドーは聖フランシスみたいに、ある日富の空しさを知って清貧を説いた方だと言うのだから、このヴァルド派のコース料理は多分贅沢ではないはず。。。というわけでポテトが灰に埋まって出て来たりはしたものの、実際にはかなりグルメなお料理でした。

まずスターターはこの、トリュフを散らしたムース。トリュフ、かなりしっかりした風味でたっぷりでした。



サラダも美しく、

2種類も出て来ます。


これが大変変ったお料理で、グリッシーニが、シナモン風味たっぷりのスープで煮込んであるんですね。とても美味しかったです。その名もスッパ・バルベッタ。

口直しに桃のソルベが出て来て。


灰に埋まったポテトが見せられた後、メインディッシュ、羊の藁包み焼きが現れます。



農家料理という事ですが、羊というのはやはり日本で食べるとごちそうだなって感じますね。
灰入りポテトも藁入り羊も、テーブルに持って来てくれるのですが、見せてくれるだけで一旦厨房に下げ、このように切り分けて出てくるのです。


この羊、もう、殆どレアです。生肉。

私は、あまり生肉は食べないのですが、唯一羊だけは、どんな焼き加減でもオッケーなんですね。私は羊好き。だからとても美味しかったです。

とは言え、一緒にいた漫画家の友人が、もっと焼いてくださいって注文していたので、2種類の味を楽しみたかった私は1/3ほど食べたところでそれに便乗。
こんがり焼かれた羊もまた、大変美味しかったのでございます。

さあ、キリスト教徒の様に羊を堪能した後はデザートでございます。

まずこれが出て来て、



次にこれでとどめを刺されました。


コーヒーも堪能。

始めに、シャンパン、ワインは白と赤で行ったよ。
シャンパン、白ワインまではグラスだったけど、赤ワインでボトルになったね。

今夜も夜通しかっ!って思ったんだけど、嗣麻子監督は次の脚本中ということだったし、私も次の日何かがあって、なななんと奇跡的に、シャンパンと白ワインを一杯ずつ、そして赤ワインのボトルを三人で一本開けただけで、お開きとなったのでございます。

これは何と言っても、聖貧を説いたヴァルドーへのはなむけとなった事でしょう。
ならないか。。


何故かこの夏から9月にかけて、グルメな機会に恵まれているワタクシ。

先日も北京ダックの素晴らしいコースをご馳走になり、明日はなナント!
映画"野のなななのか"で主人公・鈴木光男の青年時代を演じられたイケメン俳優、内田周作さんと、マトン餃子デートだーーーーっっ!!!!!



じゃなくて、女子会。
女子会なんですよ奥さん。
何故かイケメン俳優の周様とね。
理屈がおかしいでしょ?
周様もただのイケメンじゃないね。
時々Twitterがとてもサイケなことになってますからね。

そんな不思議イケメン周様(佐藤史生ファン)との女子会、
デートじゃないけど楽しみだよ!

北京もマトンも次々とブログに更新してゆくぞ〜。

あっ!!

ところで!!







しかしあまりにネタバレの地雷が多く、長々とブログで感想は書かない方が身のためということで、怖いから何も書きませんが、あれは見るべきです。是非。

2015年9月11日金曜日

おさななじみ


数年前に再会した時に、私たちの関係を「幼馴染み」と表現したのは、友達のルナだ。

ルナが言うんだからそうなんだろうと、私は即座に納得する。

ルナというのは私にとって、昔からずっとそういう存在である。


クラスにひとりはいる、印象的な美人。

いや実は、私のいたクラスには、印象的な美人が何人もいた。
その美人たちが何故だか集ってしまい、いつも一緒に過ごすことになったのは、何故なんだっけ。
そんでその中に私がいたのは、何故なんだっけ。

まあ、細かい事は考えないで下さい。

いつも一緒にいた美人軍団の内、茜とミクとアリスは、いわゆるモデル系の美女だ。
というか、実際にバイトで雑誌モデルなんかの仕事をしていた(と記憶している)。
白い肌に大きな瞳の茜はまるで西洋人形の様な女の子で、ミクはエキゾチックな小麦色のアグネス・ラム(古いです、なんせ私の幼馴染みの話なんで)、長身と長い手足のアリスも陽に焼けた肌に大きな瞳の、きりっとした元気な子馬の様な美少女だった。(もう二人いたんですが長くなるので省きます。すまん。)

このグループで歩いていると必ずと言っていい程通行人に振り向かれ、若い男性グループが、「見た?全員美人!」と呟いたのを一番後ろを歩いていた私が聞いてしまい、申し訳ない気分でそそくさとみなの後を追った事もありました。


そして、ルナである。

ルナは全てにおいて特別だった。

ルナは、どこにいても一瞬で人の眼を釘付けにしてしまうような少女だった。

長い髪を後ろで、腰まである一本の三つ編みに束ね、フランス映画のワンシーンみたいな、個性的で洒脱で雰囲気満点のファッション。小さな顔にかけた丸眼鏡もそれを損なわない、端正で利口そうな、隙の無い顔立ち。

言葉は常に洗練され、物腰はいつも落ち着いていて、天才に特有のちょっと人を喰ったような、普通の感情が通ってないみたいな雰囲気もあるから、見下されるのを怖がって敬遠している人たちもいた。

けれど実際にはそんな選民意識を全く持たない、ちゃんと心に暖かい血の通っている少女なんだけれども、まあ確かに、あまりにも逸脱していたから、そんな風に周りが感じるのも無理は無いと思う。

いわばただの美人である(ゴメン!)茜やミクやアリスとは一線を画す、少女としての絶品がルナなのである。

それが私の独りよがりの解釈でないことは、ルナが私のうちに遊びに来た時に証明された。


私の親は、実に美意識の高いヒトデナシだ。
あんたそれ、ただのヒトデナシだよ、とこちらが度々ヒヤリとするくらいに、美のジャッジに関して容赦が無いのである。

しかし私は心のどこかでいつも思っていたのです。
どちらかと言うとコンサバティブな美的感性の私の親には、私がいいと感じる、革新的アート系寄り世界観は理解できまい。と。
チミがいくら美意識の高さにプライドを持っていたところで、そんなコンサバな感性じゃ、これからの革新的な美にはついて行けないよ?、みたいなさ、まああれですよ、生意気なティーンエイジャーの、親を見下す心を、私も持っていたってわけ。

だから私は、自分の親が、ルナの良さを理解出来ると、思ってはいなかった。

ルナは新しい。
だから、古くさい古典的な美しかわからないかあちゃんには、あの良さはわからないわよ、ってなもんですよ。

とーこーろーがーーーーー!!!!

裏庭の木戸を開けて、沈丁花の茂みの影から現れたルナを見た時、私の母は絶句した。

私はこの時点ではまだ、母の絶句と言葉の少なさを、単なる戸惑い、と解釈していた。

なんたって、ルナは新しい。
ルナはフランス映画から抜け出して来た少女であり、存在そのものがアートだからだ。

かあちゃんに、それが、わかるわけねえべ?

いつもは饒舌過ぎて私をヒヤヒヤさせる母が、「ああ、いらっしゃい。」と言ったまま、ルナを眼で追いながら押し黙っている。
私はこの時点でもまだ、ホラホラ、ルナは新しいから、よくわからないんだろ?と心の中でほくそ笑んでいた。

しかし、ルナが帰るとすぐに、母は私をつかまえてこう言った。
「ずいぶんと、垢抜けた子ね。」

これは実は、私が初めて聞いた母からの、私の友達への褒言葉である!!
私はたまげてやや用心深くなった。

私「か。可愛いでそ?」

母「いや、なんていうか、それだけじゃないでしょ。雰囲気があって。顔は?と思って顔を見たら、顔もものすごく可愛いし、スタイルもいいし、お人形さんみたい。」

これは、普通の人の言う「あの人世界で一番綺麗だ。」レベルの発言である。
私は驚いた。

そしてこの日から、私の母を見る眼は変った。
こいつ、わかってる.....。


まあそんなわけで、コンサバな美的感覚の持ち主も感嘆させるアート系のルナは、やっぱりすごいと思ったのである。
どういう趣味に偏っている人でも、その人が目利きなら、普遍的な良さのことはわかるんだ。この認識は、その後の私の芸術作業の励みにもなりました。


そんなルナは相変わらずずうっと芸術を続けている。

ちょっと前まではアメリカの有名なゲーム雑誌にも大きく取り上げられた、すんごいアートなゲームを創っていたけれど、今はもっぱらガラス系オブジェのようだ。

それで今、入谷駅前のいりや画廊で、個展をやっています。

私も今日、やっと行けて、本当に堪能しました。

個展はあと二日なので、興味の在る方は是非いらしてください。


見る人が映り込んで完成されるガラス画。私入り笑。


ルナと私入り。


幾何模様を刻んだガラスを沢山吊るし、風と光を充てて壁にアニメーションを展開するインスタレーションは、ガラスの触れる音が画廊のBGMになっており、見ても聞いても心に染み入る作品。


Soul Gardens Ⅱ 〜 ガラスの彫刻とジュエリー展
いりや画廊で12日まで、です。